桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

ジェイは、まるで映画のセットのような空間をさっと視線でなぞった。

白を基調としたエンパイアスタイルのリビングは、煌めくモミの木と咲き誇る花々に彩られ、暖炉の赤い炎が静かに揺れている。壁際には超大型スクリーン。正面に堂々と貼られた、女優自身のポートレート。
すべてが彼女好みに整えられているのを見ると、長期の宿泊中なのか。

《もう、息苦しくて堪らない!》

黒いロングコートを脱ぎ捨てて、クリスは聞こえよがしに不平を吐いた。

《仕方がないでしょう》

突っ慳貪に応じたのは、クリスティーナ・ベッティ(クリス)がメジャーデビューした十五年前から、彼女と苦楽をともにしている、パブリシスト兼マネジャーのベッキーだ。
ダイニングからそばかすだらけの顔を覗かせ、手にしたボトルを、これでいいかと掲げてみせる。

《頭にきちゃう。行く先々でトラブルになって。ショッピングもできないのよ》

《有名税だな》

《パパラッチかボディーガードかストーカーか、どれがマシなの?》

──それでロビーが騒がしかったのか。

スクープを所望なら、気配を消して隠し撮りのチャンスを狙えばいいものを、〝うるさく飛び回る虫〞とはよく言ったものだ。

それにしても──

《ストーカー?》

《ちょっとイカれてるの。私のハズバンドになったつもりでいるみたい》

《警察へは?》

クリスは苦笑しながら、いたずらが見つかったように肩をすくめた。

《彼とはチネチッタ時代にちょっとあってね。若気の至りっていうやつ? だから、マスコミに嗅ぎつけられるとマズイのよ》

クリスティーナ・ベッティは〝ラブロマンスの女王〞だ。
生き馬の目を抜く世界では、彼女の転落を手ぐすね引いて待っている人間がごまんといる。ちょっとしたスキャンダルも致命傷になりかねない。

ポンッ。

軽やかな音がして、脚付の美しいクリスタルカップに盛られた大粒の苺とシャンパンが、真鍮製のワゴンに乗って運ばれてきた。

美しいふたりが静かにグラスを合わせると、ベッキーは心得たように部屋を後にした。
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