桜ふたたび 前編
「大丈夫、パパには言わない。だってあなたは、もうすぐ父親になるのやもの」

「え?」と、柚木と香子は同時に声を上げ、狐に摘まれたように彼女を見た。

「い、今、何て?」

「子どもができたのよ」

「こども?」

紗子は腹部に手を当てて、

「そう、あなたの赤ちゃん」

茫然自失する柚木に向かって聖母のような微笑みを向けた。

──男性側に問題があって跡継ぎができないのだと悩んでいたけど、やっぱり治っていたんだ。

澪は傍観者のように、そんなことを考えていた。顎先をあげた紗子が、一変して高慢な表情を澪に向け、最後のフレーズに力を込めて言うまでは。

「佐倉さん、わかるわね? 宗佑(そうすけ)の子ぉは、妻の私が産みます」

このときはじめて澪は、これがテレビドラマでも映画でもないことを悟った。

「この子から父親を奪うようなことはせんといてちょうだい。仮にあなたが意地を張って子どもを産んでも、絶対に認知させませんよ。私生児を作って、世間から後ろ指さされるのは、あなただけやないんやから」

澪は茫然と紗子を見つめ、ややあって、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。予測もしない秘密の暴露に、動揺して混乱して取り繕う言葉も見つからない。

混乱したのは柚木も同じだ。妻の懐妊を報らされて、驚きと喜びと疑心と気まずさ、ただでさえ複雑だったのに、話を見失って、彼は訝し気に眉を寄せ、妻に問うた。

「待って、いったい、誰の話をしているんや?」

「何しらばっくれてんの。彼女、妊娠してるのやろ?」
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