桜ふたたび 前編

4、罪と罰

あの日は蒸し暑い夜だった。

マンションのリビングで、四人の男女が押し黙っている。

ローテーブルの前で、強張った顔に当惑の色を足して床に正座し目を伏せている柚木。その顔を鬼のような形相でソファーから睨み続ける義妹の香子(かこ)。そしてその隣には、柚木の妻、紗子(さえこ)がいる。逆三角の輪郭に、鼻の穴が少し上を向いた尖った鼻先のせいか、その横顔はややわがままできつい印象を受ける。

澪は、お白州に引き立てられた罪人のように力なく背を丸め、前後を忘れていた。

そんなとき人は、どうでもいいことが気になるものなのか。ふと片付け忘れた夫婦の湯飲みに、お客様にお茶も出していないと手を伸ばしたとき、

「そんなことはよろし!」

自らの怒声にフラッグが振られたように、香子が口火を切った。

「お義兄さん、どういうつもり! 社員に手をつけるなんて、最低やわ!」

声の大きさに、澪は固まってしまった。

「それもこんな娘みたいな年のこを囲っていたなんて、パパが知ったらただではすまされへんえ!」

我がことのようにひとり感憤している香子に、顔も性格も好向も一卵性双生児のように似ていると評判の姉妹だから、感情も共有するのだろうかと、澪は思った。
ならば、このひとも柚木を愛しているのかもしれない。

「何とか言いなさいよ!」

柚木はテーブルに両手を突いて「すまない」と深く長く頭を下げた。それから覚悟を決めたような懇願するような顔を上げ、

「でも僕は……」

「大丈夫よ!」

紗子が、夫を遮るように声をあげた。まるで彼が口にしようとした言葉を、この世から永遠に葬るかの如く。

彼女は目を瞑り一拍二拍、言葉を溜めると、口端を上げて目を開けた。澪には一瞬、その瞳の奥に、強い邪な色が翻ったような気がした。
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