桜ふたたび 前編

バスを待つ澪の頭上で、プラタナスの枝がぷつんと葉を手放した。
枯葉は風に乗り、グライダーのように夜空に飛び出したけれど、すぐに力尽きて失速し、かさこそと音を立てながら、車道の隅を駆けていった。

落ち葉の行方を寂しげに追っていた澪の前に、白いメルセデスがすうっと停車した。

「澪」

車窓からかけられた声に、澪は自分のことかと周囲を見まわした。
バスを待っているのは、ほかに男性が一人だけだった。

「柚木さん?」

驚いた。
五年のあいだ一度も会わなかったのに、この秋、もう二度目の偶然だ。

「今、帰り?」

「はい」

「飯は?」

「いえ……」

「よかったら、ちょっとつき合うてくれへんかな? ちょうど、鮨柾へ行くところやったんや」

「あ、でも──」

眩いヘッドライトが近づいてくる。バスにクラクションを鳴らされて、やむを得ず発進した車は、少し先で停車してハザードランプを点滅させた。

澪は少し躊躇って、思い切ったように車へと駆け寄った。

共犯者が再び密会するような後ろめたさはあった。
けれど、過去を見ぬふりできるくらい少しは大人になったと自信もあった。
なによりも、今夜はひとりでいたくなかったから。
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