桜ふたたび 前編
「澪、大丈夫か?」

胸を押さえて微笑みをつくろうとする澪に、柚木は泣きそうな顔をした。

「すまない。辛いことを思い出させてしもうた。僕はただ、澪がいま幸せかどうか確かめたかっただけなんや。澪の人生に傷をつけてしもうて、言える立場やないことはわかっている。それでも、澪には幸せになって欲しい。そのために、僕にも力にならせてほしいんや。それが罪滅ぼしになるとは思わへんけど」

そうして柚木は言葉を切り、やるかたない息を吐いた。

「そやけど、澪は我慢してしまうんやな……。何でもかんでも自分のなかに溜め込まんと、もっと人に甘えてええんだよ」

柚木は、澪のわがままや愚痴を聞いたことがない。それどころか怒った顔も涙も、見たことがなかった。

あの日もそうだった。
妻の形振り構わぬ取り乱した姿を目の当たりにして、若い澪の人形のような佇まいに、釈然としなかったことを思い出す。

いきなり妻に乗り込まれ、その妹に罵倒され、惨いことに堕胎を強要され、危害を加えられそうになった。
そのうえ、その場しのぎのずるい男の本性を見せられたのに、それでも澪は、最後の最後まで一言も責めなかった。
かえって罵られた方が、よほど気が楽だった。

柚木は、遠い目をして寂しげに微笑んだ澪の姿を思った。

澪のやさしさは残酷だ。目の前の愛さえ、自ら手を伸ばして掴もうとしない。



【第一部 了】
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