桜ふたたび 前編
階段を下りかけて、澪はギョッと飛び退いた。
飾り窓を守るように、黒鉄の騎士像たちが槍と盾を構えている。昨夜も見た光景だけど、何度見ても恐ろしい。

──凄い家。

澪は手すりから身を乗り出して、エントランスホールを覗き込んだ。

そうとう古い建物だけど、きれいに手入れされて塵ひとつない。
壁は大理石。床は美しいアズレージョタイル、ドーム型の吹き抜け天井から、ボヘミアンクリスタルの巨大シャンデリアが吊り下がっていた。

階段を降りて、見事な彫刻が施された重厚な玄関扉を開けると、ポルティコ(神殿のような柱)に支えられた広いポーチに出る。庇の上の大きなペディメント(三角形の破風)、建物を飾る大オーダー、パラディアンスタイルのファサード。アプローチ階段の下には噴水があって、中央の貝殻の中で水瓶を手にした女神たちが、ペディメントに鎮座するポセイドンのレリーフを見上げていた。

噴水の水はカスケード(階段小滝)へ流れている。青いイルミネーションで飾られた夜の庭も幻想的だったけれど、水路を縁取る柘植の生け垣や、半月型や正方形や球体に刈り込んだトピアリーが、キラキラと朝日を反射させている様は、まるでおとぎの国だ。
カスケードの両側には段々畑のような幾何学模様の花園。色とりどりのベゴニアやプリムラ、サルビア、ゼラニュームが咲き誇っていた。地中海性気候で温暖だと言っても、冬にこれだけの草花があるのだから、春はもっと素晴らしい眺めだろう。
その果てに、月桂樹、糸杉のボスコ(叢林)が見える。

昨夜、この家に到着したとき、澪はてっきりホテルだと思った。
ベルボーイらしき青年もいたし、支配人のような老人もいたし、確かに女性スタッフがメイド服なのはおかしかったけれど……。

第一、いきなり実家へ連れてこられるとは、考えてもいなかったのだ。

〈あの、とても素晴らしいお宅にご招待いただいて嬉しいんですけど、ホテルに泊まるわけには……〉

〈メイドもいるしシェフもいるから、ホテルと変わらない〉

〈でも、ご迷惑になりますし……〉

〈客をもてなすことも彼らの仕事なのだから、気にしなくていい〉

気にします、と出かかったけれど、長旅と時差ぼけで疲れて眠たかったこともあって、結局、抗弁する暇もなくまた押し切られてしまったのだ。
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