桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
階段を下りかけて、澪はギョッと飛び退いた。
飾り窓を守るように、黒鉄の騎士像たちが槍と盾を構えている。昨夜も見た光景だけど、何度見ても恐ろしい。
──すごい家。
澪は手すりから身を乗り出して、エントランスホールを覗き込んだ。
そうとう古い建物だけど、きれいに手入れされていて塵ひとつない。
壁は大理石。床は美しいアズレージョタイル。
10mはありそうなドーム型の吹き抜け天井から、ボヘミアンクリスタルの巨大シャンデリアが吊り下がっていた。
エントランスホールを飾るのは、生きたまま凍結したようなローマ神たちの石像。
壁のロマネスクな胸像が睥睨して、物音一つしない屋敷のなか、今にも動き出しそう。
階段を下り、見事な彫刻が施された重厚な玄関扉を開けると、ポルティコ(神殿のような柱)に支えられた広いポーチに出る。庇の上のペディメント(三角形の破風)、建物を飾る大オーダー、パラディアンスタイルの威風堂々としたファサード。まるでルネサンスの礼拝堂。
アプローチ階段の下には噴水があって、中央の貝殻の中で水瓶を抱えた女神たちが、ペディメントに鎮座するポセイドンのレリーフを見上げていた。
噴水の水は、カスケード(階段小滝)へ流れ落ちる。
青いイルミネーションの夜の庭も幻想的だったけど、水路を縁取る生け垣やトピアリーが、キラキラと朝日を反射させている様は、まるでおとぎの国だ。
カスケードの両側には、段々畑のような幾何学模様の花園。色とりどりのベゴニアやプリムラ、サルビア、ゼラニュームが咲き誇っている。
地中海性気候で温暖だとはいえ、冬にこれだけの花があるのだから、春はどれほど美しいだろう。
その果てに、月桂樹や糸杉のボスコ(叢林)が見える。
昨夜、この家に到着したとき、澪はてっきり高級ホテルだと思った。
ベルボーイらしき青年もいたし、支配人のような老人もいた。──確かに女性スタッフがメイド服なのは、おかしかったけど……。
だいいち、いきなり実家へ連れてこられるとは、考えてもいなかったのだ。
〈あの……とても素晴らしいお宅にご招待いただいて嬉しいんですけど、ホテルに泊まるわけには……〉
〈メイドもいるし、シェフもいるから、ホテルと変わらないだろう?〉
〈でも、ご迷惑になりますし……〉
〈客をもてなすことも、彼らの仕事だ。気にしなくていい〉
「気にします」と、出かかったけど、長旅と時差ぼけで眠かったこともあって、結局、また押し切られてしまったのだ。
美しい庭を歩きながら、首を巡らせてはため息をつく澪の前を、リスがぴょんぴょんと駆け抜けていった。
森との境界が曖昧で、野生動物も迷い込む。
そんな植物園みたいな庭だから、大人が迷子になっても少しもおかしくない。
階段を下りかけて、澪はギョッと飛び退いた。
飾り窓を守るように、黒鉄の騎士像たちが槍と盾を構えている。昨夜も見た光景だけど、何度見ても恐ろしい。
──すごい家。
澪は手すりから身を乗り出して、エントランスホールを覗き込んだ。
そうとう古い建物だけど、きれいに手入れされていて塵ひとつない。
壁は大理石。床は美しいアズレージョタイル。
10mはありそうなドーム型の吹き抜け天井から、ボヘミアンクリスタルの巨大シャンデリアが吊り下がっていた。
エントランスホールを飾るのは、生きたまま凍結したようなローマ神たちの石像。
壁のロマネスクな胸像が睥睨して、物音一つしない屋敷のなか、今にも動き出しそう。
階段を下り、見事な彫刻が施された重厚な玄関扉を開けると、ポルティコ(神殿のような柱)に支えられた広いポーチに出る。庇の上のペディメント(三角形の破風)、建物を飾る大オーダー、パラディアンスタイルの威風堂々としたファサード。まるでルネサンスの礼拝堂。
アプローチ階段の下には噴水があって、中央の貝殻の中で水瓶を抱えた女神たちが、ペディメントに鎮座するポセイドンのレリーフを見上げていた。
噴水の水は、カスケード(階段小滝)へ流れ落ちる。
青いイルミネーションの夜の庭も幻想的だったけど、水路を縁取る生け垣やトピアリーが、キラキラと朝日を反射させている様は、まるでおとぎの国だ。
カスケードの両側には、段々畑のような幾何学模様の花園。色とりどりのベゴニアやプリムラ、サルビア、ゼラニュームが咲き誇っている。
地中海性気候で温暖だとはいえ、冬にこれだけの花があるのだから、春はどれほど美しいだろう。
その果てに、月桂樹や糸杉のボスコ(叢林)が見える。
昨夜、この家に到着したとき、澪はてっきり高級ホテルだと思った。
ベルボーイらしき青年もいたし、支配人のような老人もいた。──確かに女性スタッフがメイド服なのは、おかしかったけど……。
だいいち、いきなり実家へ連れてこられるとは、考えてもいなかったのだ。
〈あの……とても素晴らしいお宅にご招待いただいて嬉しいんですけど、ホテルに泊まるわけには……〉
〈メイドもいるし、シェフもいるから、ホテルと変わらないだろう?〉
〈でも、ご迷惑になりますし……〉
〈客をもてなすことも、彼らの仕事だ。気にしなくていい〉
「気にします」と、出かかったけど、長旅と時差ぼけで眠かったこともあって、結局、また押し切られてしまったのだ。
美しい庭を歩きながら、首を巡らせてはため息をつく澪の前を、リスがぴょんぴょんと駆け抜けていった。
森との境界が曖昧で、野生動物も迷い込む。
そんな植物園みたいな庭だから、大人が迷子になっても少しもおかしくない。