桜ふたたび 前編
ミラーノやサンレモに教会を見に行くと言う澪に、女の一人歩きは危険だと断念させた。
(実は、アレクがミラーノへ向かうと知っていたが、握り込んだ)。
それを、何が愉しいのか知らんが、キオッソーネ東洋美術館とサン・ロレンツォ大聖堂だけでも観たいと懇願され、家に閉じ込めておくのも可哀想だと、情けをかけたのが間違いだった。
厭な予感はしていたが、案の定トラブルに巻き込まれている。
そのうえ、人を散々心配させておいて、反省するどころか反論するとは、見下げたものだ。
京都駅でナンパされてパニックているような女は、気のいいふりをして観光客に近寄るたちの悪い連中の格好の餌食だと言うのに、いったい、いかなる根拠があって、行きずりの人間を〝いいひと〞だと判断できるのだ? 〝日本人〞だから〝いいひと〞なのか?
日本人の国民性か、澪が能天気な性善説支持派なのか。この危機意識の低さには、苛立ちさえ覚える。
「君は、ジャンルカ・アルフレックスのフィアンセだと名乗ったことが、どういうことか、わかっていないようだ」
「え?」
「護送を断られたうえ、追尾車両を見失った警官は、厳しい懲罰を受けるだろう。君の帰りがあと五分遅ければ、ウエディングパーティーの参加者全員が拘束されていた」
「そんな、大袈裟な……」
「誘拐されてからでは遅い」
「……、す、すみません……」
「とにかく、明日から外出禁止だ。いいね?」
「あ? でも──」
《Buona notte.》
ガチャンと怒りの音がして、澪は耳の穴を指で塞いだ。