桜ふたたび 前編
《彼女は澪》
「澪、アレクのパートナーのシルヴィだ」
澪は己を鼓舞するように、うんと頷くと、
「Piacere.Mi chiamo Mio.(はじめまして、澪です)」
頬を赤らめながら、一生懸命なイタリア語で挨拶する澪に、シルヴィは思わず顔を綻ばせた。
《まあ、カワイイ》
シルヴィは日本アニメの大ファンだ。〈かわいい〉に目がない。
この様子なら大丈夫だろうと、アレクはジェイの腕をぐいっと引き寄せ、肩を抱え込んだ。
《クリスが来ている》
《そうか》
《シェリルも来ている》
《そうか》
《そうかって、お前!》
口を開きかけたアレクの肩を軽く叩いて、ジェイは何事もなかったかのように、澪を伴って歩き出す。
アレクは呆れた。
──何が起きても知らんぞ。
ふたりが鉢合わせするだけでも大問題なのに、何も知らない澪まで巻きこむつもりか?
剛腹なのか、無神経なのか。とにかく最悪の事態は回避させようと、わざわざ待ち伏せして教えてやったのに、当人があれでは手の施しようがない。
《可愛らしいひとね。今までにはいないタイプだわ》
《ああ》
《あのドレス、きっとジェイが選んだのね。漆黒のソワレにブルーダイヤなんて、独占欲丸出しじゃない》
《ああ》
《彼もずいぶん雰囲気が変わったわね。これで、あなたたちの共同戦線も解散かしら?》
《ああ》
いきなりビンタを喰らい、アレクは目をぱちくりさせた。
《さっきから生返事ばかりで、私の話、訊いてないの?》
とんだとばっちりだ。
イタリア男はパートナーにはからっきし頭が上がらない。自他共に許すプレイボーイも、彼女の前では子ども同然だった。
《訊いてるさ。ミオのことだろう? 日本人なんだ。京都に住んでいる。俺も東京で一度会った。あっ、それからジェノヴァでも会った。もちろん、ジェイも一緒だ──》
《もういいわ》
《あまり怒ると、皺が増えるぞ》
甘えた軽口に、シルヴィは眉間を指先で押さえながら、アレクを睨みつけた。