桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
《大変だ! ミオがジェラードみたいに溶けてしまう!》
アレクは笑いながら、冷たいグラスを澪の頬にあてた。
冗談ではなく、澪は興奮と緊張で床に溶け出しそうだった。
ロマネスク様式の絢爛豪華なコンベンションルーム。ビュッフェテーブルには一流レストランのような料理が並び、エプロンステージからは情熱的なヴァイオリンの旋律が流れている。
招待客は、明らかに一般人とは違うゴージャスな面々。
星空のルーフガーデンで、ヴァチカンとローマの夜景を見下ろしながら酒を飲み交わしているのは、知る人ぞ知るF1レーサーと、イタリアンポップのアーティスト夫妻だ。
まるで映画かドラマの世界。あまりの非日常に、クラクラする。
考えてみれば、アレクは新進気鋭の建築家、シルヴィもブランドを持つデザイナー、ジェイはこのホテルグループトップのご子息。
彼らの元には次々と、高名な弁護士、青年実業家、果ては某国の皇太子まで姿を見せ、クラクラを通り越して気絶しそう。
あまりにも場違いな澪の存在を見咎めているのか、さっきからずっと、赤髪の女性からの射るような視線を感じている。
突然、澪の前で人々の壁がざわざわと割れた。
一瞬、天岩戸が開いたのかと、澪は目を瞑った。
現れたのは、天照大神ではなく──美しき夜のアフロディーテだった。
女神は、ベビーピンクのマーメードラインドレスで、優雅にポーズを決める。ヌーベルバーグ調の縦落ちの巻き髪が、照明に揺れて光を弾いた。
注目のなか、彼女はこちらに向かって一輪の花のように微笑み、まるで花びらを撒くような美しいモデルウォークで近づいて来た。
澪が息を飲む間に、彼女は引き締まった白い腕をジェイに向かって優雅に広げる。彼は流れるように彼女の腰を抱き寄せて、バラ色の頬にチークキスをする。
──なんて美しいシーンだろう……。
彼女を飾っているのは、ダイヤモンドのテニスブレスレットと、桜貝のような耳朶を飾るロングピアスだけ。シンプルなのに誰よりも華やかで美しい。
少し鼻にかかった甘い声も、指先の繊細な動きも、一筋の髪の乱れさえも、計算されたかのように麗しい。
抱き合ったまま言葉を交わす目もあやな光景に、澪はただただ見惚れるだけだった。
「澪」
不意に名を呼ばれて、澪は目をぱちくりさせた。
《大変だ! ミオがジェラードみたいに溶けてしまう!》
アレクは笑いながら、冷たいグラスを澪の頬にあてた。
冗談ではなく、澪は興奮と緊張で床に溶け出しそうだった。
ロマネスク様式の絢爛豪華なコンベンションルーム。ビュッフェテーブルには一流レストランのような料理が並び、エプロンステージからは情熱的なヴァイオリンの旋律が流れている。
招待客は、明らかに一般人とは違うゴージャスな面々。
星空のルーフガーデンで、ヴァチカンとローマの夜景を見下ろしながら酒を飲み交わしているのは、知る人ぞ知るF1レーサーと、イタリアンポップのアーティスト夫妻だ。
まるで映画かドラマの世界。あまりの非日常に、クラクラする。
考えてみれば、アレクは新進気鋭の建築家、シルヴィもブランドを持つデザイナー、ジェイはこのホテルグループトップのご子息。
彼らの元には次々と、高名な弁護士、青年実業家、果ては某国の皇太子まで姿を見せ、クラクラを通り越して気絶しそう。
あまりにも場違いな澪の存在を見咎めているのか、さっきからずっと、赤髪の女性からの射るような視線を感じている。
突然、澪の前で人々の壁がざわざわと割れた。
一瞬、天岩戸が開いたのかと、澪は目を瞑った。
現れたのは、天照大神ではなく──美しき夜のアフロディーテだった。
女神は、ベビーピンクのマーメードラインドレスで、優雅にポーズを決める。ヌーベルバーグ調の縦落ちの巻き髪が、照明に揺れて光を弾いた。
注目のなか、彼女はこちらに向かって一輪の花のように微笑み、まるで花びらを撒くような美しいモデルウォークで近づいて来た。
澪が息を飲む間に、彼女は引き締まった白い腕をジェイに向かって優雅に広げる。彼は流れるように彼女の腰を抱き寄せて、バラ色の頬にチークキスをする。
──なんて美しいシーンだろう……。
彼女を飾っているのは、ダイヤモンドのテニスブレスレットと、桜貝のような耳朶を飾るロングピアスだけ。シンプルなのに誰よりも華やかで美しい。
少し鼻にかかった甘い声も、指先の繊細な動きも、一筋の髪の乱れさえも、計算されたかのように麗しい。
抱き合ったまま言葉を交わす目もあやな光景に、澪はただただ見惚れるだけだった。
「澪」
不意に名を呼ばれて、澪は目をぱちくりさせた。