桜ふたたび 前編
[Bonsoir. 先日はありがとう。おかげで素敵なショーになったわ]
シェリルはうなづくような瞬きをして、シルヴィと頬を寄せ合った。
それから、視線を、隣に立つ男性にふわりと向ける。
[ご紹介するわね]
男は、二メートル近い筋骨隆々。坊主刈りに褐色の肌。目つきが鋭く、手が人並み外れて大きい。
──ポルティエーレ(ゴールキーパー)。
澪の唇から、微かな感激が漏れた。
[こちら、ラッツオのマッテオ。彼はアレク、ローマの建築家。彼女はシルヴィ、ミラーノのファッションデザイナー。そして──]
シェリルはコトリと小首をかしげた。
一つ一つの造りが整いすぎていて、箱から出されたばかりのフィギュリンのような、無機質な印象を与える。
[ミオ、ジェイの恋人よ]
アレクは絶句した。
──なんで、ここでバラすんだ?
シルヴィはジェイとシェリルの関係を知っている。それなのに、正直に澪を紹介してどうする? 何か秘策でもあるのか?
女の考えることは理解に苦しむ。
シェリルは微かに薄い眉を上げ、澪を見た。
澪は、まるで憧れのスターを前にした少女のように、スーパーモデルとセリエAの人気プレーヤーに見とれている。
──頼むから、このまま何事もなくスルーしてくれよ。
アレクは心の中で念じた。
[そう、ジェイの……。彼は?]
[さっき、趣味の悪い中国女に浚われてしまったわ]
[彼女を置いて?]
[ええ]
[相変わらずねぇ]
放心状態の澪に、シェリルはまるで空気のように頬を寄せる。
アレクは思わず目を逸らした。
──きっと、今夜のシェリルの頬は、磁器のように冷たいだろう。