桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
──何の悪ふざけだ?
アレク自ら設計したカプリのヴィラは、モダンアートの傑作と評されている。
なのに、用意された部屋には、白いレースの天蓋が垂れるベッドにフリル付きのペア枕。純白のベッドカバーの上には、これ見よがしに深紅の薔薇の花びらが、ハート型に撒かれている。
青の洞窟やらアウグストゥス庭園やらと、しつこく観光を勧めてきたのは、この御大層な演出準備のためだったか。
何と悪趣味な。
──もっとも、澪がいつになくはしゃいでいたから、有意義な時間ではあったが。
「何を見てるんだ?」
澪はバルコニーへ出たきり、じっと動かない。
ここは山手側で、ロケーションはさほどよくない。剥き出しのゴツゴツとした岩間に、柑橘類の段々畑が連なり、その間を細い小径が蛇のように這っている。
正面の葉陰に車が一台駐まっているのは、農作業の最中なのだろう。
澪は振り返らず、近くのオリーブの木を小さく指差して、声を潜めた。
「ほら、あそこ……。鳥がとまってるの、見えますか?」
葉陰に、黄緑色の鷸に似た小鳥がぽつんと一羽、うなだれるように嘴を羽根に埋めていた。
「さっきから、ずっとあのままなんです。……怪我してるのかしら?」
「寒いからだよ。さあ、澪も中に入って。冷えるだろう?」
踵を返して、ジェイは振り返った。澪は手摺りを掴んだまま、まだ鳥を見つめている。
「そんなに心配なら、捕まえてきてあげようか?」
澪はゆるりと首を振った。
「野生の鳥だから……」
哀しげなその言葉に、ジェイはうなずいた。
野生のものに手を差し伸べることは、人間の自己満足。弱いものが淘汰されるのは、自然の摂理なのだから。
弱者は強者の血肉となり、生き残ったものが種を繋ぐ。すべての存在には、生きるポジションが決まっている。
溜め息を吐いた項の白さに、ジェイはそっと唇を押し当てた。
電流が走ったかのように、澪は小さな声を上げる。
すぐさま背後から抱きしめて、耳朶を啄む。
「ひと……が……見てます」
「鳥しか見てないよ」
セーターの内に手を潜らせ、胸の頂きを摘むと、澪は艶めかしい声を発して、熱い背中を凭れてきた。
「君は、温かいな」
顎を持ち上げて、唇を塞ぐ。唇も頬も冷たいのに、口の中は熱を帯びていた。遠慮がちな舌を絡め取り、深く、強く、飲み込むように味わうと、澪は小さく喉を鳴らして身を預けてきた。
「さあ……もうじらさないで」
──何の悪ふざけだ?
アレク自ら設計したカプリのヴィラは、モダンアートの傑作と評されている。
なのに、用意された部屋には、白いレースの天蓋が垂れるベッドにフリル付きのペア枕。純白のベッドカバーの上には、これ見よがしに深紅の薔薇の花びらが、ハート型に撒かれている。
青の洞窟やらアウグストゥス庭園やらと、しつこく観光を勧めてきたのは、この御大層な演出準備のためだったか。
何と悪趣味な。
──もっとも、澪がいつになくはしゃいでいたから、有意義な時間ではあったが。
「何を見てるんだ?」
澪はバルコニーへ出たきり、じっと動かない。
ここは山手側で、ロケーションはさほどよくない。剥き出しのゴツゴツとした岩間に、柑橘類の段々畑が連なり、その間を細い小径が蛇のように這っている。
正面の葉陰に車が一台駐まっているのは、農作業の最中なのだろう。
澪は振り返らず、近くのオリーブの木を小さく指差して、声を潜めた。
「ほら、あそこ……。鳥がとまってるの、見えますか?」
葉陰に、黄緑色の鷸に似た小鳥がぽつんと一羽、うなだれるように嘴を羽根に埋めていた。
「さっきから、ずっとあのままなんです。……怪我してるのかしら?」
「寒いからだよ。さあ、澪も中に入って。冷えるだろう?」
踵を返して、ジェイは振り返った。澪は手摺りを掴んだまま、まだ鳥を見つめている。
「そんなに心配なら、捕まえてきてあげようか?」
澪はゆるりと首を振った。
「野生の鳥だから……」
哀しげなその言葉に、ジェイはうなずいた。
野生のものに手を差し伸べることは、人間の自己満足。弱いものが淘汰されるのは、自然の摂理なのだから。
弱者は強者の血肉となり、生き残ったものが種を繋ぐ。すべての存在には、生きるポジションが決まっている。
溜め息を吐いた項の白さに、ジェイはそっと唇を押し当てた。
電流が走ったかのように、澪は小さな声を上げる。
すぐさま背後から抱きしめて、耳朶を啄む。
「ひと……が……見てます」
「鳥しか見てないよ」
セーターの内に手を潜らせ、胸の頂きを摘むと、澪は艶めかしい声を発して、熱い背中を凭れてきた。
「君は、温かいな」
顎を持ち上げて、唇を塞ぐ。唇も頬も冷たいのに、口の中は熱を帯びていた。遠慮がちな舌を絡め取り、深く、強く、飲み込むように味わうと、澪は小さく喉を鳴らして身を預けてきた。
「さあ……もうじらさないで」