桜ふたたび　前編

シルヴィは溜め息を吐いて、澪を見やった。

昨晩もそうだった。ひとり会話に入ることもできず、それでも誰にも気を遣わせまいと、頬に笑みを作っていた姿が健気だ。
鳥かごを移動させたところで、部屋に置いたままでは、小鳥は人恋しさに鳴き続ける。

《それならまず、言葉の問題を解決することね》

《かごに入れておくのだから、今のままで支障はない》

澪は、もともと挨拶や簡単な日常会話くらいなら英語を聞き取れていた。
ただ、真面目で完璧主義な日本人の特性からか、英会話やイタリア語会話の本を開いてぶつぶつ復唱しているのに、実践に活かそうとはしない。（澪の場合は母国語でも同じか。）

ジェイとすれば、そのほうが都合がいい。
言葉など覚えたら、アレクのような悪い虫が寄ってくる危険が増すではないか。

《ジェイ、恋人はペットではないのよ》

シルヴィはピシャリと言った。

《彼女が愛しいのはわかるわ。でも、今のあなたは、愛しさゆえに掌の小鳥を握りつぶしてしまう子どものようだわ。彼女を大切に思うなら、彼女のカラーを尊重して、不安材料を一つ一つ丁寧に取り除いてあげないといけない》

アレクはうんうんと頷いた。

《お前は、デリカシーに欠けるところがあるからなぁ》

確かに女心に疎い人だわ、とシルヴィは珍しくアレクに賛同した。

《あまり強引すぎると、小鳥はフラストレーションが溜まって逃げてしまうわよ》

──それでうまくいっているのだから、いいじゃないか。

ジェイは心の中で反論して、そっぽを向いた。その視線の先に、不思議そうな澪の顔があった。

──そう、うまくいっている。澪のことは、誰よりもわかっている。

《仕方ない。飼えなくなったら、俺が引き取ってやるよ》

シルヴィに蔑むように睨まれて、アレクは肩をすくめた。

《冗談だって》
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