桜ふたたび 前編
ドアを施錠しチェーンを掛け、澪はふうっと息を吐いた。それから、「そうだ!」と千世の横を強引にすり抜けて奥へ向かうと、まだ憤然と玄関で立ち続ける千世に向かっておいでおいでをした。

「遅くなったけど、明けましておめでとう。これ、頼まれていたバッグとお財布。レートがわからないから明細書が来たら言うね。で、こっちは千世と武田さんにお土産。リモンチェッロって言うカプリのレモンのお酒と、アーモンドの蜂蜜漬けなんだけど、すごく美味しかったから──」

一気に喋りすぎてゴホゴホと咳き込み、それでも急き立てられるように続ける。

「教会の方は、結婚式はカソリック教徒じゃないとダメなんだって。でね、プロテスタントのチャペルならOKだって、パンフレットもらってきた。100%カソリックだと思ってたけど、イタリアにもいるんだねプロテスタントって」

そこで言葉が切れた。聞き役の澪にはしょせん無理がある。
澪は沈黙から逃げるようにキッチンへ立った。いつも手際いい手元がガチャガチャ音を立てている。
ようやく小さなトレイにカップを乗せ運んでくると、澪は寒そうに背中を丸めて腰を下ろし、コタツ布団を肩まで引き上げ、顔を下向けたまま言った。

「ハワイ、楽しかった?」

「ヨッシーからメールがあったんよ」

マグカップに伸ばした澪の手が、ピクリと止まった。

「何か、えらいことになったな」

澪は微かに頷いた。

「このこと、プリンスは知ってはるの?」

「どうかな?」

「連絡は?」

澪が小さく頭を振るのを見て、千世は大きな大きな溜め息を吐いた。

大晦日、脩平と帰省した新潟の家は、スマホ圏外の豪雪地帯だ。そのうえ、喪中だからと安心していたのに、一族郎党・従業員の家族まで打ち集うてんやわんやの正月行事の手伝いで、ネットやテレビどころではなかったのだ。
ようやっと脩平とハワイへ脱出、メールを読んで仰天した。

何度も電話した。それなのに電源を切っているのかアナウンスを返されるだけ。LINEも既読がつかない。
あの玄関前の惨状と憔悴した姿を見れば、彼女が外部との接触を断った理由は歴然だ。

猫舌の千世は、手の中の珈琲をふーふーと吹き冷まし、ついでに昂奮の温度も下げながら、遠慮なく訊ねた。

「なあ、プリンスはクリスティーナ・ベッティとは何でもないって言わはたんやろ?」

「……」

「ほな─―」

と、テーブルに叩き置かれた写真週刊誌に、澪は青くなった顔を背けた。
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