桜ふたたび 前編
澪は沈黙から逃げるようにキッチンへ向かう。
その背中を不機嫌そうに見つめながら、千世は言った。
「ココアにして。ミルクたっぷりで」
「うん」と返した手元がガチャガチャ音を立てている。まるで、澪の心を代弁するように。
澪は、ようやく小さなトレイにカップを乗せ運んでくると、寒そうに背中を丸めて腰を下ろし、コタツ布団を肩まで引き上げた。
千世からの質問をおそれるように、顔を下向けたままぽつりと尋ねる。
「ハワイ……楽しかった?」
「ヨッシーからメールがあったんよ」
マグカップに伸ばした澪の手が、ピクリと止まった。
ヨッシーは千世の高校のバスケ部仲間で、澪は三年のとき同じクラスだった。現在は、千世が通うヨガ教室のインストラクターをしている。
「なんか、えらいことになったな」
澪の頭が微かに揺れた。
「このこと、プリンスは知ってはるの?」
「どうかな?」
「連絡は?」
澪が小さく首を振るのを見て、千世は大きな大きな溜め息を吐いた。
大晦日、脩平と帰省した新潟の家は、スマホ圏外の豪雪地帯だ。
早朝から雪かきに狩り出され、気のいい婚約者の安請け合いのせいで、ふたりで近所の年寄りの家を何件も回らされた。
腕力も体力も自信はあるけれど、何せ新潟の雪は重い。筋肉痛で悲鳴を上げているところに、婆さんたちがお礼の品を携えてわざわざ来るものだから、いちいち話し相手になっているうちに日が暮れた。
そのうえ、喪中だからと安心していたのに、一族郎党・従業員の家族まで打ち集うてんやわんやの正月行事の手伝いで、ネットやテレビどころではなかったのだ。
ようやっと脩平とハワイへ脱出。
帰国後にメールを読んで仰天した。
何度も電話した。それなのに、電源を切っているのかアナウンスを返されるだけ。◯INEも既読がつかない。
あの玄関前の惨状と、憔悴しきった姿を見れば、澪が外部との接触を断った理由は明白だ。
猫舌の千世は、手の中のココアをふーふーと吹き冷ましながら、ついでに昂奮の温度も下げ、いきなり核心を突いてきた。