桜ふたたび 前編

「なあ、プリンスは、クリスティーナ・ベッティとは何でもないって言わはたんやろ?」

「……」

「ほな──」

テーブルに出された写真週刊誌に、澪は青くなった顔を背けた。

見なくても知っている。澪の視神経を神速で駆け抜け、脳を直撃する見出し。

〈クリスティーナ・ベッティ、婚約破棄で自殺未遂。追いこんだのは京美人!〉

澪が周囲の不穏な雰囲気に気づいたのは、正月休み明けの昼下がりだった。

誰の仕業か、デスクの上にこれ見よがしに置かれたスポーツ新聞。そこに赤マジックペンで囲まれたクリスの自殺報道を見て、澪は人目も憚らず、両手で顔を覆うほど動揺した。

時をおかずに発売された週刊誌には、さらに詳細な記事と写真。
社内で回覧されたらしく、何をどうやって結びつけて特定したのか、澪は後ろ指をさされる存在になっていた。

「この記事はでたらめなんよね?」

澪は、首を縦にすることも横にすることもなくただうなだれている。
千世は眉をつり上げた。

「もし、これがほんまやったら、あんた、騙されてたんやで? そやのに、まるで澪が旅行先のイタリアで婚約者のいるプリンスを誘惑したみたいな書かれ方やないの! クリスティーナ・ベッティも、あんたが殺したみたいな書き方や!」

千世は、海から引き上げられる高級車の写真を、力一杯叩いた。

昂奮して遠慮のない言葉に、ぐさりぐさりと胸を刺され、澪は苦笑いを浮かべた。

「クリスは生きてるよ──」

「どっちゃでもええわ、そんなこと! 早う、確かめてみいな」

千世は鼻の穴を広げて気炎を吐く。

「何を?」

「クリスティーナ・ベッティとの関係に決まってるやないの」

「そんなこと、訊けない」

「何でやの⁈ 今ここで、はっきりと白黒つけてもらおうな」

凄みをきかせた千世に、それでも澪は頑として頭を振る。

「何でぇ?」

体を乗り出し迫られて、澪は仕方がないと太息を吐き、週刊誌に目をやった。

「写真を観たでしょう?」

千世は目を泳がした。

週刊誌に掲載された写真は五枚。
事故後の一枚、クリスとジェイのツーショットと、シェリルとジェイのツーショット。そして残り二枚は、ジェイと謎の女との写真。

これが、なんともエロい。
バルコニーで男が女の胸をまさぐっていたり、クルーザーで寝そべる男に女が覆い被さっていたり……。
身内のイチャイチャを見せつけられたようで、こっちがこっぱずかしい。

「ジェイとクリスの」

「え? そっち?」

「あの現場に……わたし、いたの」

千世は、目の玉がでんぐり返るかと思うほど仰天した。
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