桜ふたたび 前編
「あなたがどんなに否定しても、目の前であんな濃厚なキスを見せつけられたら、いくら鈍い澪でもショックを受けますよ」

──そうだ、あの後だった。

パティオのベンチに澪を見つけ、パーティー会場へ連れ戻ったときから、彼女の態度はおかしかった。
カプリでもどこか淋しげでそのくせ情熱的で、感情の波が激しかったことを覚えている。
別れの時間が迫っているからだと、そのときは思っていた。

「そのうえ、翌朝に自殺やなんて、腹いせとしか思えへん! それに、あなたには他に何人も恋人がいるそうやないですか。ウブな澪をこれ以上、あなたのゴタゴタに巻き込んで傷つけるのはやめてください」

千世の譴責に、ジェイは怒りを隠せなかった。怒りの矛先は自分自身に向かっていた。

澪はどんなときでも誠実だった。
彼女は嘘や誤魔化しで、質問に応じたことはない。彼女が沈黙する理由はそこにある。

それなのに、自分は澪の疑問に、一度も真剣に取り合うことをしなかった。
それが、彼女の不信を招いた原因だったのだ。

言いたいことは言ってやったと、千世は清々した顔でティーカップを口に運んでいる。

「もう一度、澪と話をさせてくれないか?」

「無理ですよ」

「体のことが心配なんだ。頼む」

ジェイはテーブルに両手をついて、額が着きそうに頭を下げた。
大袈裟だと嗤われようが、嘘臭いと非難されようが、今、澪に逢えさえすればいいのだ。そのためにならどんな大芝居でも打ってやる。

「や、やめてください」

客たちが、驚いたように注目している。

「頭、あげてください」

それでも頭を下げ続けるジェイに、千世はおろおろと両手を前に、助けを求めるように、

「わかりました。わかりましたからぁ」 

ジェイはにやりと笑うと、有無を言わさぬ口調で言った。

「では、今から私が言う通りに、澪に電話をしてもらおうか」
< 253 / 298 >

この作品をシェア

pagetop