桜ふたたび 前編

「澪が私を信じられなくなった原因が、彼女との関係にあるのなら──悪かった。確かに、彼女とは過去に肉体関係があった。他にも関係を持った女性はいる。
だけど、誰も愛したことはなかったし、誰も愛してはくれなかった。
愛して、愛されたのは、澪──君がはじめてだ」

澪は目を伏せたまま、反応を見せない。

ジェイは澪の手を握りしめ、愛情を込めて言った。

「澪、愛してる。心から、君だけを」

澪の瞳が揺らぎながら、ゆっくりとジェイへ向けられる。
ジェイは安堵の笑みを返した。

そのときまで、確信していたのだ。釈明して誤解が解ければ、澪の気持ちも氷解すると──。

「別れてください」

ジェイは憮然とした。
雪解けを待って、雪崩に遭遇した。不幸の一言ではすまされない。

「そんなに私が赦せないのか?」

「……もう疲れました」

「何に?」

澪は握られた手をつるりと抜くと、その指先をこめかみに当てた。

「……ジェイとは、住む世界が違い過ぎます」

「だから、ニューヨークにくればいい。私のそばにいれば、必ず守る」

「守られてばかりでは、苦しいんです」

「……つまり、私が、澪を疲れさせていると言うのか?」

「違います」

「もう、愛していないということか?」

「……愛しているから、無理なんです」

「全く理解できない。だいたい、たかがキスぐらいで子どもみたいに騒ぐなよ。澪だってアレクとキスしたじゃないか、二回も」

「あ……」

「それとも、過去の女性関係がそんなに罪なのか? 部屋に男を連れ込むよりも?」

言い過ぎだと自覚しながら、言葉が止まらない。

「私が信じられないと言うのなら、澪はどうなんだ。私を裏切らないと誓ったくせに、陰では不適切な関……けい……を……」

澪は声を失ったように口をぱくぱくと動かしている。
どうしたのか──と、見つめるジェイの前で、彼女は頭を抱えて、そのまま打ち伏した。

「澪!」
< 267 / 313 >

この作品をシェア

pagetop