桜ふたたび 前編
「澪が私を信じられなくなった原因が、彼女との関係にあるのなら──悪かった。確かに、彼女とは過去に肉体関係があった。他にも関係を持った女性はいる。
だけど、誰も愛したことはなかったし、誰も愛してはくれなかった。
愛して、愛されたのは、澪──君がはじめてだ」
澪は目を伏せたまま、反応を見せない。
ジェイは澪の手を握りしめ、愛情を込めて言った。
「澪、愛してる。心から、君だけを」
澪の瞳が揺らぎながら、ゆっくりとジェイへ向けられる。
ジェイは安堵の笑みを返した。
そのときまで、確信していたのだ。釈明して誤解が解ければ、澪の気持ちも氷解すると──。
「別れてください」
ジェイは憮然とした。
雪解けを待って、雪崩に遭遇した。不幸の一言ではすまされない。
「そんなに私が赦せないのか?」
「……もう疲れました」
「何に?」
澪は握られた手をつるりと抜くと、その指先をこめかみに当てた。
「……ジェイとは、住む世界が違い過ぎます」
「だから、ニューヨークにくればいい。私のそばにいれば、必ず守る」
「守られてばかりでは、苦しいんです」
「……つまり、私が、澪を疲れさせていると言うのか?」
「違います」
「もう、愛していないということか?」
「……愛しているから、無理なんです」
「全く理解できない。だいたい、たかがキスぐらいで子どもみたいに騒ぐなよ。澪だってアレクとキスしたじゃないか、二回も」
「あ……」
「それとも、過去の女性関係がそんなに罪なのか? 部屋に男を連れ込むよりも?」
言い過ぎだと自覚しながら、言葉が止まらない。
「私が信じられないと言うのなら、澪はどうなんだ。私を裏切らないと誓ったくせに、陰では不適切な関……けい……を……」
澪は声を失ったように口をぱくぱくと動かしている。
どうしたのか──と、見つめるジェイの前で、彼女は頭を抱えて、そのまま打ち伏した。
「澪!」