桜ふたたび 前編
苦しげにベッドに臥す澪の傍らで、ジェイはただ立ち尽くしていた。
どうすることもできない。無力だった。
だが、一つだけ可能なことがある。
医師の言葉が脳裏に甦り、ジェイは無意識に唇を噛んだ。
〈彼女に必要なことは、精神的ケアです。ストレスのない静かな環境で、十分な栄養を摂らせてください〉
──もし、澪のストレスが自分の存在にあるのなら、関わらないことが一番の良薬なのだろう。
彼女が別れを望むのなら、その意思に従うより他にない……。
──いや、今はヒステリックになっているだけだ。ニューヨークで優秀なセラピーに相談すれば、すぐに解決する。
──違う。お前が側にいることが、澪を追いつめているんだ。彼女をまだ苦しめる気か?
ジレンマのなかで、ジェイは苦悶した。
望んで得られないものなどない──。その驕りが、澪を失う結果になったのか。
──澪を失う?
心臓がドクンと音をたてた。
──澪を失う……。
頭の奥で不気味な声が木霊する。
切り裂かれそうな胸の痛みに、まわりの風景が遠くなった。
その先には、荒涼とした孤独だけが待っている。
──澪を手放すくらいなら……。
凶暴な衝動が、理性の隙間に忍び込む。
ジェイは白い喉元に両手を掛けた。
指に力を込めようとした──そのときだった。
澪は目を閉じたまま、まるで殉教者のように、微かに顎先を上げたのだ。
ジェイはハッと手を引いた。
戦慄く手を見つめ、自分がいま成そうとしたことに、心が凍りつく思いがした。