桜ふたたび 前編
《お前、無理やり小鳥を閉じ込めようとしたんじゃないだろうな?》
ジェイの顔に、微かな自嘲が浮かんだ。
《守られるのは、疲れるらしい》
《どういう意味だ?》
《さあな》
《謝れ。己に非がなくても謝れ。そして、女の言葉を辛抱強く聞いてやれ。絶対に反論はするな》
『賢い鳥ですね』
梢を渡る風のような声に、アレクは思わず「ゲッ」と声を漏らしそうになった。
リンはジェイの隣に静かに腰を下ろし、タブレットPCを開いて、打ち合わせの続きをはじめるように口を開く。
『餌を与えすぎて、本来の姿を見失う鳥が多いのに、彼女は、自ら森へ戻ったのですね』
──相変わらず、男の痛いところを淡々と突いてくるなぁ。
アレクは苦笑した。
学生結婚をしたが半年も保たずに離婚したと、戯れに口説いたとき(取り付く島もなかったが)本人から聞いた。
〈男は気の弱い動物だから、少しは隙を作ってやらないと、怯えて窒息してしまうぞ〉と、要らぬ忠告を心の中でするアレクだった。
『実は、ご報告していないことがあります』
『何だ? 』
『以前、ミオにお願いをしました』
『何を? 』
リンは少し言い出しにくそうに間を置いて、事務的な口調で言った。
『ジャンルカ・アルフレックスを、決して引き留めないでほしいと』
いくら秘書といえどもそれは僭越がすぎると、不快な色を浮かべるアレクの前で、当のジェイは眉一つ動かさない。
リンの使命は、ジェイのために一秒でも多く仕事に有効な時間をつくり出し、スケジュールを効率化し、彼の役割を全うさせることだ。そのためにはプライベートに干渉することも許される。
『彼女、怖かったのでしょう。高く飛べない小鳥のために、あなたが羽ばたきを止めてしまうことが。飛び続けることを課せられた者にとって、それは死を意味します』
無表情のまま聞いていたジェイが、ゆっくりと瞼を閉じた。
瞼の重たさに引っ張られるように顔が下向く。その拳が、微かに震えていた。
アレクには、片羽を失ったジェイが、呻きながら墜落してゆくように思えた。