桜ふたたび 前編
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偏光硝子の窓外には、肩を並べて競い合うように建つビルの窓々。
パーティションに仕切られたキュービクルスペースで構成された広大なフロアには、どのブースからもカチャカチャとキーボード音だけが響いていた。

丸めがねの中国系の若者が、ファイル片手に立ち上がり、パーティション越しに隣のブースへ声をかけようとして、入口に目を留めた。

とたんに彼は、『あっ!』と声を上げた。
反動で椅子が壁にぶち当たり、大きな音を立てた。

何事かと、ある者は立ち上がり、ある者は椅子を滑らせパーティションの脇から顔を覗かせる。
若者が凝視している先を辿って、誰もが口を開けたまま固まった。

一人の男が颯爽と進んでくる。

『ジェイだ!』

その声を皮切りに、フロアがどよめき立った。

襲撃事件から、ジェイの姿はAXから消えた。
後遺症が残るほどの重症だという説や、すでに退院し捜査から逃れるためアメリカを離れたという噂が飛び交い、誰もが引退かと囁き合った。

その彼が、今まさに、目の前に現れたのだ。

リンでさえ、我が目を疑った。

ジェイは、COOとしての個室を持たない。
代わりに、少数精鋭のサンクチュアリのために、完璧なセキュリティに守られた専用ルームを有していた。

そのサンクチュアリオフィスが閉鎖され、新しいボスを迎えるまで、リンの去就は棚上げされていた。
すべてのプロジェクトが凍結された今では、与えられる仕事もない。

彼女だけではない。ジェイに関わった者はことごとく、冷遇を受けていた。
それは、常に脚光を浴び続けた彼らにとって、屈辱的な毎日だった。

それ以上に屈辱なのは、CEOトミー・パーカーの下に就くことだ。

パワフルでスリルに満ちた日々を送っていた彼らにとって、マンネリ化したビジネスにはもはや何の歓びも見出せない。
すでにヘッドハンティングの誘いに傾く者もいると、リンも聞き及んでいた。

『リン、招集を』

スーツ姿ではないが、確かにジェイの声だ。
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