桜ふたたび 前編
「ここが、ジェイの街なんですね」
「Genovaとどちらが好き?」
「ジェイがいるところなら、どこでも」
澪は恥ずかしそうに微笑んだ。
ジェイはチラリと時計の針に目を落とした。フライト時刻が迫っている。
「そろそろ時間だ。空港まで送ろう」
澪は笑顔で首を振る。
「ジェイのところへ心を置いていくって、約束したでしょう? だから、この桜の樹の下で見送ってください。
〝またすぐに逢える〞って」
ジェイは苦しげな表情を浮かべ、ややあってわかったと頷いた。
「これを……」
魔法のように現れたリングに、澪はまるで幻でも見たような顔をした。
初めて結ばれたときから、ふたりを見守ってきた指輪。
遠く離れた距離と時間を結んでいた指輪。
信じる心を失ったとき、その指から外された。
澪は震える左手を差し出した。
神聖な儀式のように、厳かに指輪がはめられる。
「必ず迎えに行く。約束の印に」
リングに口づけするジェイに、澪は涙差しぐみ、笑顔で頷いた。