桜ふたたび 前編

「ここが、ジェイの街なんですね」

「Genovaとどちらが好き?」

「ジェイがいるところなら、どこでも」

澪は恥ずかしそうに微笑んだ。

ジェイはチラリと時計の針に目を落とした。フライト時刻が迫っている。

「そろそろ時間だ。空港まで送ろう」

澪は笑顔で首を振る。

「ジェイのところへ心を置いていくって、約束したでしょう? だから、この桜の樹の下で見送ってください。
〝またすぐに逢える〞って」

ジェイは苦しげな表情を浮かべ、ややあってわかったと頷いた。

「これを……」

魔法のように現れたリングに、澪はまるで幻でも見たような顔をした。

初めて結ばれたときから、ふたりを見守ってきた指輪。
遠く離れた距離と時間を結んでいた指輪。
信じる心を失ったとき、その指から外された。

澪は震える左手を差し出した。
神聖な儀式のように、厳かに指輪がはめられる。

「必ず迎えに行く。約束の印に」

リングに口づけするジェイに、澪は涙差しぐみ、笑顔で頷いた。
< 299 / 313 >

この作品をシェア

pagetop