桜ふたたび 前編

女は唇に謎めいた笑みを浮かべ、「よいしょ」と、肩が触れそうな距離にあぐらをかいた。

面食らう澪を横目に笑い、後ろポケットから煙草を取り出して、オイルライターの匂いをさせ火を着ける。
前方に吐き出された白い煙が、風に捕まりあっという間に霧散していった。

「わかんない?」

澪はまじまじと横顔を見つめた。
黒人系の褐色の肌、天然パーマの髪、大きな茶色の瞳に厚い唇──。

「あ! 加世木のおばあちゃんとこの、れーちゃん?」

「せーかい!」と、玲は声を立てて笑った。

「うわぁ~、え〜? ほんとに? れーちゃんだ。よくわたしのことがわかったね」

不思議なもので、幼なじみというのは、空白の歳月を一気に飛び越えて、少女の頃の感覚に互いを戻してしまう。

二十年前も、澪がここでひとり絵を描いていると、決まって玲がやってきた。
いつも全身を怒らせて一目散に海へ入るのは、ケンカしてズタボロになった服や涙を隠すためだ。
澪には伯父がいたけれど、玲にはいじめから守ってくれる父親がいなかった。

「みーちゃん、ここでは有名人だからさ」

澪は苦笑した。

人間関係の濃い田舎町だ。真壁の家に澪が居候していることを、知らぬ者の方が少ないだろう。
毎日、海を見つめる姿に、「碌でもない男に騙されて逃げてきたらしい。やはり血は争えない」と、近所の噂になっていることも知っている。

「おばあちゃんは? 元気?」

「ちょっと膝が悪いけど、まあ元気。八十すぎとは思えないくらい。お母ちゃんも戻ってきてるし、一度顔見せてあげてよ。
──大地! あんま遠くへ行くなよ」

玲は、波打ち際で遊ぶ子どもに大声で言った。

「息子さん?」

「うん」

「いくつ?」

「四つ」

大地が駆け戻ってきて、玲が広げた股の間に磁石のように潜り込んだ。
大きな腕にギュッと抱きしめられて、キャッキャと身を捩っている。
< 303 / 313 >

この作品をシェア

pagetop