桜ふたたび 前編

情報漏洩の協力者は、ジェイの予想通りトミー・パーカーだった。

一年ほど前から、愛人に貢ぐために会社の金を横領していた。それをネタに脅迫され、ハッキングに手を貸した。
いわゆるハニートラップに、見事ひっかかった。

一度モラルを踏み外すと、不正ラインが低くなり、気づいた時には泥沼にズッポリはまっていたという口だろう。

しかし、悪事を隠蔽するためだけに、ハッキングという危険な橋を渡ったとは、考えにくい。自らは決して開拓しない男。肩を叩かれたくらいで慄いて、あっさりボロを出す気の小さな人間だ。
長年にわたり鬱積したジェイへの怨嗟の念が、脅迫者に組みすることを正当化し、小胆者を大胆な行為へと走らせたのだろう。

思えば彼も哀れな男だ。ポストが逆であれば、優秀な幹部になったはず。
大き過ぎる靴を履かされていることを自覚しながら、決して認めず、追い抜かれまいと歩み続けるのは、さぞ神経をすり減らしたことだろう。

狙撃事件と情報漏洩に共通しているのは、どちらも〝赤毛の女〞が関与していたことだ。

そして、トミーに彼女を引き合わせた人物が──アラン・ヴィエラ。ロイズの中心人物だった。

彼が裏で糸を引いていたとすれば、大規模かつ迅速な情報操作も頷ける。
〝reven(カラス)〞と異名を取る狡猾な男だ。

半年前、澪をジェノヴァに残して急遽パリへ向かったのも、カイザー会長の孫とクローゼ氏の姪の婚約に、彼の存在が見え隠れしたからだった。

しかし立証は難しい。
常に黒子に徹し、策を弄する。
公にはパリ出身だが、経歴は不詳。己の過去を完全に葬る。──そんな男が、事件の痕跡を残すはずがない。

唯一の証人は、トミーが雇ったクラッカー。今はジェイの顧問弁護士の管理下にある。
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