桜ふたたび 前編
──いや、あの瞳のせいか。
黒曜石の瞳は、透徹な水鏡のように、覗いた者の姿を映し返す。実体の奥に潜在する本質さえも露わにして。
──いったい、彼女には何が視えているのだろう?
覗き込んでも、その瞳の奥には底知れぬ渓谷があり、答えに到達できない。
正解を導き出せないことなど、これまでの人生に一度もなかったし、あってはならなかった。
あの日から、ニューヨークと東京の往復が続き、彼女を思い出すこともなかった。
それが、来阪してからというもの、何度も黒い瞳が頭をよぎる。
しかしこう分刻みのスケジュールでは、電話をかけるタイミングさえ見つからない。
仕事熱心なのも考えものだと、ジェイは初めて柏木の几帳面さを呪った。
そのタイムキーパーのような男が、青いガラスウォールのビルから駆け出てきた。
車に乗り込もうとするジェイを、追いかけ寄せる眉間に、迷いがあった。
『台風による欠航で、梅本氏が那覇空港で足止めされています。このまま東京へ戻りますか?』
サングラスから現れた氷の瞳が、不敵な輝きを放った。
『いや。新幹線を最終便に変更してくれ。京都で合流しよう』
呆然とする柏木を置き去りに、ジェイを乗せた車は、たちまち都会の往来に紛れていった。