桜ふたたび 前編

プツリと会話が切れた。
今度こそはと、澪はジェイに向かって身を乗り出した。

『明日の予定ですが』

タッチの差で、柏木に先を越されてしまった。

柏木は矢継ぎ早に質問をしてゆく。ジェイは淡々と淀みなく答えてゆく。
しばらく様子をうかがっていたけれど、長引きそうな気配に、澪は窓の外を飛ぶように流れる光彩に太息を漏らした。

新幹線のなかでもずっとこの調子で、ジェイはノートPCに向かったまま、こちらを見向きもしなかった。
一度、雨だれが斜めに線を引いた窓につまらなそうな顔を向けていたので、おそるおそる声をかけたら、考え事を邪魔したのか、睨まれた。

とにかく、東京駅に着いたらさっさと彼らと別れ、始発までファミレスかネットカフェで時間をつぶそう。そう考えていたのに、まさかの品川駅で下車。

あたふたしているうちに、またもジェイに捕捉され、強引に車へ押し込められてしまったのだ。

マイペースだけど、野蛮ではない。知性と教養のある、エチケットを弁えた紳士だと安心していた。それがこの暴挙。甘かった。

闇のなかで、街灯の光を受けて浮かんだり沈んだりする二つ顔は、レンブラントの描写のように密やかだ。

低く交わされる話し声。一定のリズムを刻むキーボードの音。座り心地抜群のシートに、ゆりかごのような車の振動。
眠ってはいけないと自分に言い聞かせても、抗えない睡魔が襲ってくる。
落ち着くからと柏木に勧められるまま飲んだウイスキーが、いけなかった……。
< 55 / 313 >

この作品をシェア

pagetop