桜ふたたび 前編

だけど今回は、さすがにきつい。横恋慕した後輩と毎日顔を合わせなければならないなんて。

それでも逃げ出さない千世は、意地だとしてもやはり心臓が強い。
ましてや、後輩の方は居づらくないのだろうか? 恋の勝者になっても、そこは女子。よくない陰口が立つのは必至だ。



──どうしてみんな、そんなに恋愛がしたいの?

澪にはわからない。

誰かを慕う気持ちはわかる。慈しむ気持ちもわかる。
けれど、わざわざ恋愛という戦場へ赴き、他者を傷つけ、己も苦しみ、それでも想いを成就させたいと願う彼女たちの気持ちが、どうしても理解できない。

この世に不変なものなどない。
桜の花が散るように、生き物は息絶え、建造物は朽ち果て、星さえも燃えつきる。
人の心も移ろうのに、幻想にも似た一過性のときめきに浮かされ、まわりが見えなくなることが、澪にはおそろしい。

人は、傷つけたことは忘れても、傷つけられた憾みは忘れないものだから。

それなのに、千世は恋をする。失敗しても、裏切られても、傷つけられても、何度でも何度でもまた恋をする──。

こういうとき、どんな言葉をかければよいのか……。
ありきたりの励ましや慰めでは、かえって傷口を深めてしまいそうで、言葉を探しては相手の捉え方を考えて迷っているうちに、結局いつも、何も言えなくなってしまう。



「よっしゃ! 今日は呑むえ~」

たくましい二の腕が覗くのも構わず、千世はやけくそ気味に拳を頭上へ突き上げた。

つられて顔を上げた澪の瞳のなかで、桜のドームがさわっと震え、ひとひら、ふたひら、零れ桜が蛍のように夜空へ舞った。
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