桜ふたたび 前編
一馬の職場仲間や澪を招いての、送り火バーベキューは、毎年恒例の行事だ。
澪も楽しみにしていたはずなのに、今朝になって突然のキャンセル。
律儀な彼女のこと、すわ一大事かと理由を尋ねると、「急に彼が来ることになったから」と、申し訳なさそうに答えた。
ダメ元で彼も誘ってみたら、電話口からほっとした様子が伝わってきて、菜都の方が狼狽えてしまった。
会ってみて、得心した。
澪は、ふたりきりのシチュエーションにそうとう困却していたのだ。
無理もない。ただでさえあがり症でビビりなのに、よりによって相手は、〝ちょっと変わった俺様の外国人〞 ──どころか、ただ黙って座っているだけで周囲を緊張させる、ほんまもんの〝王様〞なのだから。
いつもは豪快で、酒が入るとますます陽気な一馬の同僚たちも、ニコリともしない彼を前に、まるで修行僧の真冬の朝餉のように神妙にしているから、澪がいたたまれなくなっていた。
我が家の天使がいなければ、みんな凍死していたところだ。
そんな彼が、当前のように澪に料理を取り分けたり、首筋の汗をさりげなくおしぼりで拭ったりと、甲斐甲斐しい。
ときおり見せる彼の微笑みが、澪だけに向けられていると、気づいていないのは彼女だけなのだ。
「芽衣がな、今日は王子様の夢を見るから、パパはプーさんとねんねしてね、やて。……ショックや」
「ライバルが澪さんやなきゃ、応援してあげるんやけど」
「あんなご立派な人が婿やなんて、畏れ多くてハゲるわ! なっちゃんまで見とれてたしなぁ」
「カズ君たちなんか、敬礼してたしね」
「あれは条件反射。消防長査閲より緊張した。
でもまあ、澪さんみたいな引っ込み思案には、あのくらいな方がええのと違うか?」
「……そやね……」
「大丈夫やて」
「……」
五年前の真相は明かしていないけれど、出産間もなかった菜都に代わり、澪の引っ越しを手伝ってもらったこともあって、一馬も薄々察しているのだろう。
彼女がなぜ、逃げるように身を隠さねばならなかったのか。
そして、菜都の胸に今も残る、どす黒い翳りの理由を。