桜ふたたび 前編
菜都は小さく息をついた。
澪は、自分にストイックで、負の感情を決して表に出さない。
辛いときほど微笑みを浮かべるのは、彼女の癖なのだ。
そのくせ、他人の情動には敏感で、心の奥底に隠している痛みを汲み取って同調してしまう。
澪とつき合える男は、よほどの鈍感か、あるいは、とてつもなく器が巨きい男だろう。
きっとジェイなら、澪を包容できる。
そう期待する一方で、この恋は上手くはいかないだろうとも思う。
性質も、心の在り方も、生きる環境も、基底となる部分が、ふたりはあまりに違い過ぎる。
はじめのうちは物珍しく新鮮でも、いずれその違いが鼻につき、無理がたたって破綻するのがおちだ。
それでも、たとえ澪がふたたび傷ついても、蹲ったまま世捨て人のような人生を送るよりはましだ。
問題はあの性格。
争いや競いごとが苦手で、戦う前に譲ってしまう。
最悪なのは、物事がうまく運ぶとかえって腰が引けてしまうところだ。
〈わたしの存在が、誰かを苦しめているのがこわいの〉
あのときだって、澪は最後まで、心を開いて相手と向き合うことをしなかった。
気持ちを押し殺して、すべて自分の内に溜め込んで、自分ひとりが我慢すれば他人が苦しまずに済むなんて、そんなのは臆病者の的外れな優しさだ。
本人は満足でも、結局、誰も救われはしない。