桜ふたたび 前編
〈なぜ、今さら引き取る気になったの?〉
〈あいつが勝手に産んで、勝手に捨てて、勝手に拾ってきたんだ。返して来いって言ったのに、あいつ、もう子どもが産めない体になっただろう? 悠斗に兄弟がないのは可哀想だって泣きつかれて、仕方なくだよ〉
〈犬猫じゃあるまいし、どこまで勝手な女なの。
とにかく、みなさんの前には出さないで。澪のおしゃべりもやめさせてちょうだい。なに言ってんだか全然わからないし、なまじ可愛い顔してるから、よけい目につくのよ。あなたも見たでしょう? お母さんの苦々しい顔〉
要らぬことを喋って叱られたような気がして、澪は肩をすくめて両手で口を押さえた。その目に、父の薄笑いが見えた。
〈別に、澪を嫌ってるわけじゃないのよ。いい子だと思うのよ。でも、どうしてもあのがさつな田舎者を思い出しちゃうんだわ〉
〈僕だって努力はしようと思ったんだ。でも、愛情が持てないんだよ、澪には〉
苦いものを吐くような口調だった。
澪の小さな脳みそには悪意がきつすぎて、頭の中で蛇やら蛙やらヤモリやらをグツグツと煮ているような、おぞましい感覚だけがあった。
〈まあ、澪さえ生まれなければって、つい思ってしまうわよね……〉
〈母さんが言うとおり、あれは疫病神だ。あいつの存在が自分の過ちを思い起こさせて、人を苦しめる〉
澪はがくりと首を折った。足の甲に涙が落ちて、白いソックスに吸い込まれていった。