桜ふたたび 前編

2、蒼い炎

古琴と琵琶の高雅な調べに乗って、ロイヤルブルーのチャイナドレスが次々と、螺鈿の円卓に珍味嘉肴を運んでくる。
中国宮廷を思わせる黒・黄を基調にしたメインダイニングを取り囲むのは、下がり壁に描かれた龍。ホール中央の硝子の丸柱の中で、金龍が水晶珠を足に掴み厳めしい姿で睨んでいた。

「日本の方がニュースソースが豊富だな」

ジェイはマオタイ酒のショットグラスをクイッとあおった。

事件が起こるわずか数分前、ジェイを乗せた飛行機はラガーデア空港を離陸していた。
運が悪ければマンハッタンの全封鎖に缶詰になるところだった。
機内で第一報を受けたが、現地の混乱と報道規制のために、まともな情報が入手できずにいたのだと、ジェイは空港からのリムジンのなかで説明してくれた。

澪が空港へ駆けつけたのは、ジェイの姿をこの目で確かめなければ、彼の無事が信じられなかったからだ。

不吉な夢は何かの暗示で、もしかしたら彼は瀕死の重症を負っていて、あの電話は幻だったのかもしれない。
だから、彼の顔を確認したら、すぐに京都へ戻るつもりでいた。それが……。

澪は、再会の安堵も吹っ飛ぶほどの緊張感に固まっていた。

円卓を挟んで、白シャツにタイトスカート、黒髪を一部の乱れもなく後ろで束ねた女性が、背筋をまっすぐ座っている。

頬骨が出た面長の顔、広い額が聡明さを、口角が少し下がった引き締まった唇は意志の強さを、そして切れ長の目は鋭い洞察力を表していた。

鈴麗楊(リンリーヤン)。イエール大学卒業後、下院議員秘書を経て、ジェイのエグゼクティブ・アシスタントに抜擢された。
驚異の記憶力と語学の才に恵まれ、十二カ国語を自在に操る。
抜群の事務処理能力、アイス・ドールと称されるクールさで、ジェイの信任は厚い。

これは、迎えにきていた柏木が耳打ちしてくれた、彼女のプロフィール。

車中はもっぱらジェイとリンの会議室で、唐突に投げかけられるリンの質問に、柏木が大いに慌てる場面もあった。どうやら、彼は彼女が苦手らしい。

AXは、ニューヨークに拠点を置くAXホールディングスを頂点とした、国際的コングロマリット(異業種の統合によって成り立つ企業)で、コーポレートベンチャーキャピタルのAXファンドによってM&Aやリストラクチャーが進められ、巨大化したグループ会社のガバナンスをAXインターナショナルが担っている。

と、柏木からレクチャーされたけれど、澪にはちんぷんかんぷんだ。

ただ、ジェイがAXファンドのCOOだということ。柏木はAXインターナショナル日本支社・グループ戦略事業部統括本部長で、ジェイとは直接的な雇用関係がなく、現在は特命で日本での彼のサポートを行っている。ということは、理解した。
< 97 / 298 >

この作品をシェア

pagetop