忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

エピローグ3/3 時計

 数日後。

 群司は。

 大学の廊下を歩いていた。

 手には。

 一枚のメモ。

「…………」

 授業で必要になった資料。

 図書館にはなかった。

 先生に聞くと。

 古い資料室にあるかもしれないと言われた。

     *

 普段。

 ほとんど使われていない場所だった。

 大学の奥。

 人通りの少ない廊下。

 群司は。

 メモに書かれた番号を見ながら歩く。

「こっちか……」

 角を曲がる。

 窓の外は。

 曇っていた。

     *

「雨降ってきた!」

 遠くから。

 誰かの声が聞こえた。

「…………」

 群司は窓を見る。

 さっきまで。

 降っていなかったのに。

 細かな雨粒が。

 窓を濡らし始めていた。

「傘ねえんだけど」

 小さく呟く。

 まあ。

 帰る頃には止むかもしれない。

     *

 廊下の奥に。

 一つの扉があった。

 古い資料室。

「ここか」

 扉を開ける。

     *

 少し。

 埃っぽい。

「…………」

 群司は中へ入った。

 古い棚が並んでいる。

 ファイル。

 書類。

 本。

 何に使うのか分からない箱まで。

 所狭しと置かれていた。

「これ探すのかよ……」

 手元のメモを見る。

 棚の番号を確認する。

     *

 一つ。

 また一つ。

 背表紙を追っていく。

「…………」

 ない。

 隣の棚へ移る。

 そこにもない。

「先生、ほんとにここって言ったよな」

 メモをもう一度見る。

 合っている。

     *

 さらに奥へ進む。

 ほとんど光の届かない棚。

 群司は。

 スマートフォンを取り出した。

 時間を見る。

「…………」

 まだ。

 少しくらいなら探せる。

 スマートフォンをポケットへ戻した。

     *

 棚の下。

 古いファイルを取り出す。

「違う」

 戻す。

 その隣。

 また違う。

     *

「…………」

 しゃがんだまま。

 群司は息を吐いた。

     *

 ふと。

 数日前のことが浮かんだ。

     *

『俺と二人だから?』

     *

 答えなかった。

 亜美。

     *

『……丈さん』

     *

 あの呼び方も。

     *

「…………」

 群司は。

 目を伏せた。

     *

 考えても。

 仕方がない。

     *

 過ぎたことは。

 変えられない。

     *

 分かっている。

     *

 それでも。

     *

『……戻れたらな』

     *

 自分で呟いた言葉を。

 まだ。

 覚えていた。

     *

「…………」

 群司は立ち上がった。

 資料を探す。

     *

 奥の棚に。

 古い箱がいくつか積まれていた。

 その横。

 薄いファイルの背表紙に。

 探していた番号が見えた。

「あった」

 手を伸ばす。

     *

 ファイルを引き抜いた。

     *

 そのとき。

 後ろにあった何かが。

 棚の奥で動いた。

「ん?」

     *

 小さな音。

 群司は。

 ファイルを抱えたまま。

 棚の奥を見る。

     *

 何かがある。

     *

 手を伸ばした。

 指先に。

 硬いものが触れる。

     *

 引き出す。

「…………」

     *

 時計だった。

     *

 古い。

 懐中時計のように見える。

     *

 誰かの忘れ物だろうか。

 群司は。

 手のひらに乗せた。

     *

「なんでこんなとこに……」

     *

 少しだけ。

 埃がついている。

 指で払う。

     *

 裏返した。

「…………」

     *

 何か。

 刻まれている。

     *

 群司は。

 目を細めた。

     *

『未来を変えるのは過去』

     *

「……何これ」

     *

 意味が。

 分からなかった。

     *

 未来を。

 変えるのは。

 過去。

     *

「…………」

     *

 数日前。

 自分が考えていたことが。

 また。

 頭に浮かぶ。

     *

 文化祭の日。

 亜美の腕を。

 掴まなかったら。

     *

 キスを。

 しなかったら。

     *

 幸也に。

 丈とのことを。

 話さなかったら。

     *

 何か。

 違ったのだろうか。

     *

「…………」

 馬鹿みたいだ。

     *

 そんなこと。

 できるはずがない。

     *

 過去は。

 変えられない。

     *

 群司は。

 時計を表へ返した。

     *

 文字盤を見る。

     *

 針は。

 止まっていた。

     *

「…………」

 壊れているのか。

     *

 古い時計。

 それだけ。

     *

 群司は。

 しばらく。

 止まった針を見つめていた。

     *

 カチッ。

     *

「…………?」

 針が。

 動いた。

     *

 群司は。

 時計を見つめる。

     *

 今。

 動いた?

     *

「…………」

 それきり。

 針は。

 また止まっていた。

     *

 群司は。

 時計を手にしたまま。

 資料室の扉を開けた。

     *

 廊下へ出る。

     *

 そのとき。

     *

「雨降ってきた!」

     *

「…………」

 群司の足が止まった。
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