忘れられないよ君は―初恋だけでは終われない―

エピローグ2/3 戻れたら

 サークルが終わった。

 片づけを終えた群司は。

 少し離れたところにいる亜美を見た。

「…………」

 亜美も。

 こちらを見た。

 目が合う。

「…………」

 すぐに。

 亜美の目が逸れた。

     *

 最近は。

 ずっと。

 こうだった。

 話しかければ。

 返事はする。

 必要なことなら。

 答える。

 でも。

 それだけだった。

     *

 二人きりになりそうになると。

 亜美は。

 その場を離れた。

 群司が近くにいれば。

 少しだけ。

 距離を取った。

 群司から話しかけなければ。

 亜美から。

 話しかけてくることはなかった。

     *

 前は。

 こんなんじゃなかった。

     *

 高校の頃。

 屋上で。

 二人で昼を食べた。

 最初は。

 ほとんど話さなかった。

 亜美は音楽を聴いていて。

 群司は。

 その隣にいた。

 それでも。

 少しずつ。

 話すようになった。

 くだらないことを言えば。

 亜美が笑った。

     *

 あの頃みたいに。

 戻れたら。

 何度も。

 そう思った。

 恋人じゃなくてもいい。

 ただ。

 普通に話して。

 また。

 笑ってくれたら。

     *

「亜美」

「…………」

 亜美の手が止まった。

 ゆっくり。

 こちらを見る。

「今日、このあと」

「…………」

「駅まで、一緒に帰らない?」

「…………」

 亜美は。

 すぐには答えなかった。

 視線が。

 少しだけ下がる。

「……ごめん」

「…………」

「無理?」

「……うん」

 短い返事。

 群司は。

 その場から動けなかった。

「俺と二人だから?」

「…………」

 亜美は答えなかった。

 目も。

 合わせなかった。

     *

 否定してほしかった。

 でも。

 その沈黙で。

 分かってしまった。

     *

 文化祭の日。

 亜美の腕を掴んだ。

 無理やり。

 キスをした。

     *

 あの日。

 逃げていった亜美を。

 今でも覚えている。

     *

 群司は。

 もう。

 亜美にとって。

 二人きりでも平気な相手ではなかった。

「…………」

「……そっか」

 それだけ言った。

     *

 これ以上。

 困らせたくなかった。

 それなのに。

「今日、予定ある?」

 聞いてしまった。

 亜美が。

 小さく頷く。

「……うん」

「待ち合わせ?」

「……うん」

「誰と?」

「…………」

 亜美が黙った。

 聞かなければよかった。

 そう思ったとき。

「……丈さん」

「…………」

     *

 一瞬。

 その呼び方に。

 群司の思考が止まった。

     *

 丈。

 あの男。

 亜美が。

 ずっと。

 先生と呼んでいた人。

     *

「……丈さん?」

 亜美が。

 小さく頷いた。

     *

 先生。

 じゃない。

     *

 それだけで。

 何かが変わったことが。

 分かった。

     *

「……付き合ってんの?」

「…………」

 亜美の肩が。

 ほんの少し。

 強張った。

     *

 また。

 聞いてしまった。

     *

 群司は。

 亜美の顔を見た。

「……ごめん」

「…………」

「言わなくていい」

     *

 答えは。

 聞かなかった。

     *

 でも。

 分かった。

     *

「……ごめん……引き止めて」

「…………」

 亜美が。

 ほんの少し。

 群司を見た。

「……ううん」

 それだけ言って。

 鞄を持った。

     *

 群司の横を。

 亜美が通り過ぎる。

     *

 呼び止めなかった。

     *

 少し離れたところで。

 亜美がスマートフォンを取り出した。

 画面を見る。

     *

 その表情が。

 ほんの少しだけ。

 やわらかくなった。

「…………」

     *

 誰からなのか。

 聞かなくても。

 分かった気がした。

     *

 群司は。

 亜美の背中を見ていた。

 遠くなって。

 やがて。

 見えなくなった。

     *

 好きだった。

 高校の頃から。

 ずっと。

     *

 一人で音楽を聴いていた亜美を。

 気づけば。

 目で追っていた。

 いじめられているのを知って。

 放っておけなかった。

 少しずつ。

 笑ってくれるようになった。

 それが。

 嬉しかった。

     *

 同じ大学に来て。

 同じ学科で。

 同じサークルに入った。

 亜美が見ていたのは。

 幸也だった。

 それでも。

 そばにいられた。

     *

 文化祭の日。

 好きだと伝えた。

 振られた。

     *

 それでも。

 友達には。

 戻れると思っていた。

     *

 でも。

 今日。

 分かった。

     *

 亜美は。

 もう。

 自分と二人で帰ることさえ。

 避けている。

     *

 恋人になれなかったことより。

 そのことの方が。

 苦しかった。

     *

 高校の頃。

 二人でいた屋上。

 何でもない話をして。

 亜美が笑った。

     *

 あの場所に。

 もう。

 自分はいない。

「…………」

     *

 戻りたいと思っているのは。

 自分だけだった。

     *

 群司は。

 一人で歩き出した。

     *

 文化祭の日。

 亜美の腕を。

 掴まなかったら。

 キスを。

 しなかったら。

     *

 幸也に。

 丈とのことを。

 話さなかったら。

     *

 何か。

 違ったのだろうか。

     *

 考えても。

 意味はない。

     *

 過ぎたことは。

 変えられない。

     *

 分かっている。

     *

 それでも。

「……戻れたらな」

     *

 誰にも聞こえない声で。

 群司は。

 そう呟いた。
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