不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
今日も城にある魔術研究所へと、テオドール様とわたしの二人は馬車に乗って向かっていた――。
「アリア、昨日の弁当、とても美味しかった」
唐突にテオドール様が、わたしに声をかけてくる。
彼は馬車酔いがとにかくひどいので、顔色が真っ青だった。
「テオドール様、ありがとうございます。だけど、馬車の中で無理してしゃべらなくて大丈夫ですよ――」
すっかり、馬車の中では彼を介抱するのが板についてしまったような気がする――。
テオドール様の背をさすっていると、彼がわたしに向かって話しかけてくる。
「アリア、お前がいてくれて良かった――」
わたしの心臓がどきんと一度高鳴った。
(テオドール様は、あまりしゃべらない方だけど、時々こういう直球な言葉を私に告げてくるのよね……寡黙な方だけど、女性慣れしているのかしら……)
そのたびに、わたしの心臓が壊れてしまいそうなぐらいに高まっていた。
具合が悪そうな表情のまま、テオドール様は話を続ける。
そうして、彼はローブの懐から白い手巾を取り出した。
「あ、それは――」
「アリア、お前に返しそびれていたハンカチだ」
いつだったかに、オルガノさんの指の手当てに使ったハンカチだった。
オルガノさんが、主人であるテオドール様に、わたしにハンカチ返しておいてくれと言っていたらしい。
先日、草むしりの時に受け取ろうとして、結局受け取れていなかった。
そうして、唐突にテオドール様がわたしに問いかけてくる。
少しだけ、彼の菫色の瞳が明るい気がする。
「アリア、お前は、以前も誰かにハンカチを貸したことがなかったか――?」
(以前――?)
以前とはいつだろうか。
「その……たまにですけど、誰かにハンカチを貸すことは、何度かありました……」
ハンカチを忘れたと話す友人、アルバイト先のおばちゃんや、近所の子ども――。
(数えればきりがないわね……)
「そうか……」
そういうテオドール様は、なんだか少しだけ寂しそうに、わたしには見えた。
(どうしたのかしら――?)
そんなやり取りをしていたら、いつの間にか城についた。
そうしていつものように、魔術研究所に向かったのだけど――。
向かった先は、なぜかいつもと違ってざわついている――。
「どうしたんだ?」
テオドール様が近くにいた研究員に声をかける。
研究員は、テオドール様の顔を見て、小さな悲鳴を上げたけれど、すぐに気を取り直して話を始めた。
「どうやら、大事な研究データが盗まれたらしいのです」
「データが?」
テオドール様がいぶかし気な表情を浮かべた。
(なんだか大変そう……)
少しだけ、自分とは関係ないと思ってしまう自分がいた。
そんな騒然とした場に、金髪に碧色の瞳をした女性――アーレス様が現れた。
そうして、わたしをちらりと一瞥してくる。
(な、なに? まだ目の敵にされてるの――?)
そうして、彼女は大声で話し始めた。
「盗まれた場所にはこれが落ちていましたの」
そうして、アーレスが手に掲げたものは――。
「わたしの、包み――?」
この間、探しても見つからなかった、緑色のお弁当の包み――。
「研究データを盗んだ犯人、それは――」
声を張り上げ、アーレスは続けた。
「最近出入りを始めた、そこのアリアとか言う女が犯人でしてよ――」
彼女は、わたしを指さしながらそう叫んだのだった――。