不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される
金髪碧瞳の美人令嬢・アーレス様に、テオドール様とわたしが立ち向かっている(?)最中――。
「そこまでだ――」
その場に、別の誰かの声が聴こえる――。
(この声――――?)
魔術研究所の正面玄関から、オルビス・クラシオン王国の騎士団所属を意味する白いコートを着用した男性が現れた。
その人は、ゆっくりとテオドール様とわたしの横を通り抜ける――。
(あ――やっぱり――)
燃える炎のように紅い髪に、新緑のような爽やかな碧色の瞳――。
「剣の……守護者様……」
わたしはつい口に出してしまった。
現れた騎士は、王国最強の騎士にして、国の神器の使い手でもある――。
(そして、恐れ多くも、わたしのお兄ちゃんの親友で――現・女王陛下の恋人で――わたしの――)
ずっと好きだった人――。
わたしは、つい剣の守護者様の背中を凝視してしまった。
そうして、実はそんなわたしのことをテオドール様が見ていたようなのだけど、わたし自身は気づけなかった――。
「な、な、な――――」
剣の守護者様に近づかれたアーレス様の唇がわなないていた。
彼が、彼女の前に立つ――。
「魔術研究所の方で騒ぎがあると聞いたので、うかがってみたら――アーレス、お前だったのか――」
そうして、アーレス様は震えながら口を開いた。
「お、お兄様……」
(お、お兄様――――!!!!?)
な、なんと―――。
アーレス様は、剣の守護者様の妹だったのだ――。
剣の守護者様と言えば、王国の二大筆頭貴族である公爵の位を持っているお家柄の人物――。
「魔術研究所に入るのは良いが、面倒ごとは起こさない約束をしていたんじゃなかったか?」
丁寧な言い方で、剣の守護者様は、アーレス様に問いただす。
彼女は唇をきゅっと結んで、押し黙った。
剣の守護者様が、わたしの方をちらりと見ると口を開く。
「ネロの妹のマリアさんでしたね――私の妹アーレスがご迷惑をおかけしました――」
(わ、わたしのこと、覚えてくれていたの――!?)
わたしはびっくりして、その場で固まってしまった。
自分でも分かるぐらい、頬が赤らんでいくのが分かる。
剣の守護者様は、周囲を見回し問いかける。
「状況を誰か説明してほしい――」
そうして、魔術師たちが状況を説明し終わると、剣の守護者様は顎に手を当てて何事かを考え始めた。
少しだけ目を瞑った後、開く。
そうして――。
「魔力をたどれば、マリアさんが犯人ではないことは一目瞭然だ。アーレス……正直に話せば、私はお前に恥をかかせるようなことはしない」
彼女の顔は蒼白だった――。
「お、お兄様……わたくしは……」
その時――。
「マリアさん! アーレスさん!」
可愛らしい女性の声が響いた。
その場に現れたのは――。
「女王陛下」
玄関から現れたのは、亜麻色の長い髪に黄金の瞳を持つこの国の女王陛下だった。
「皆様、ごめんなさい。無くなったという研究データなのだけど、私が魔術師長に頼んで見せてもらっていたの。うまく手続きが出来てなかったみたいで、紛失したように見えていたみたい。本当に申し訳ございません」
女王陛下が頭を下げると、魔術師たちの間にどよめきが走った――。
皆、「魔術師長と女王陛下が持ち出していたのなら仕方がない」と口々に話す。
「ごめんなさい、皆さま、お仕事に戻って大丈夫ですから――」
そうしてその場には、わたしとテオドール様、アーレス様、女王陛下と剣の守護者様の五人だけになった――。
しばらく沈黙していたが、それを破ったのは剣の守護者様だった。
女王陛下に向かって、彼は口を開く。
「あんたは……何で面倒ごとに首をつっこもうとするんだよ!」
(へ――――!?)
わたしは驚いてしまった。
(品行方正で名高い、剣の守護者様のしゃべり方が雑――!? 女王陛下をあんた呼ばわり!?)
「だ、だって――私の義妹になるアーレスさんと、ネロさんの妹さんが一緒にいるって聞いたから――」
「はあ、ったく……もうなんだって――」
剣の守護者様がぶつぶつと呟いている。
(礼儀正しい、剣の守護者様はいずこへ――?)
本当に彼は、私の好きだった人と同一人物なのだろうかという位、喋り方が乱暴だった。
(ゆ、夢が崩れる――!!!)
そうして、剣の守護者様はアーレス様に向かって話しかける。
「ほら、アーレス、マリアさん謝れ。お前が失くしたんだろう、研究データ」
(え? アーレス様が研究データを――?)
彼女はバツが悪そうに、俯いていた――。
「正直に話せば良いのに、なんでネロの妹にわざわざ罪をなすりつけようとしたんだよ」
アーレス様は下を向いたままだった。
そんな中、女王陛下が剣の守護者様に声をかける。
「もう。あなたは全然わかってないわ!」
「何がだよ――?」
「乙女心よ!」
「は――?」
二人がいちゃいちゃと(わたしには見える)やりとりをしている中、アーレスさんがぽつりと口を開いた。
「ごめんなさい……テオドール伯爵……それに、アリア……さん……わたくし、おおごとになったと思って、それで……」
アーレスさんは、しくしくと涙を流し始めた。
「研究データは魔術師長に言って復元してもらったから大丈夫よ」
女王陛下の言葉に、アーレス様はわんわんと泣き始める。
わたしは、なんだか彼女が可哀そうになって声をかけた。
「アーレス様、気になさらないでください! 研究データは無事だったのですから――」
「ご、ごめんなさい~~~~」
わたしはぽんぽんとアーレス様の肩を叩いて慰める。
しばらく経った頃、わたしはとてつもなく大事なことに気づいた。
「あ、あれ――? テオドール様がいない――?」
自分のご主人様が、いつの間にか姿を消していたことに、今さらながら気づいたのでした――。