龍は千年、桜の花を待ちわびる
外伝その一 : 五色鬼の章

黄鬼の章

俺が桜琳と皇憐に発見されたのは、5歳の頃だった。


完全に人間不信に陥っていた俺は、ずっと桜琳にくっついてばかりいた。

初めて俺を抱き締めてくれた。髪を撫でてくれた。


俺は『母親』を知らないけれど、いたらこんな感じなのかななんて思いながら、ずっと桜琳に甘えていた。

やがて秀明や皇憐も信用できるようになって、宮殿の奴らも信用できるようになった。


その頃には秀明の研究に協力したり、5歳の俺にとっては多忙な毎日を過ごしていた。


ある日、桜琳と皇憐が2人で回廊の角で談笑しているのを見つけて、桜琳に飛び付こうとした時。


「邪魔しちゃダメだよ。」


そう笑顔で、秀明に止められた。


「何でだよ! 俺は桜琳の所に行きたいんだ!」


俺を抱き(かか)えた秀明に必死に抵抗するも、秀明は決してそれを許さなかった。


「金言。僕と約束して欲しいんだけど…。」


無理矢理連れて来られた秀明の研究室で、俺は完全に不貞腐れていた。そんな俺に目線を合わせて、秀明は柔らかく微笑んで言った。


「あの2人が、2人で楽しそうにしてたら、邪魔しないであげて欲しいんだ。」
「俺邪魔じゃない!」
「じゃあ、桜琳と金言が2人で居るとき、僕が行ってもいい?」
「ダメだ! 絶対ダメだ!」
「でしょ? それと一緒だよ。」


俺は不貞腐れたまま黙り込んだ。

当時5歳だった俺には、理解できなかったんだ。2人がああして楽しそうに談笑している時間が、どれ程大切な時間だったのか。


それから少しして、桜琳と皇憐は他の鬼を探すための旅に出た。


俺は秀明が嫌いになったし、皇憐も嫌いになった。

2人が邪魔しなければ、もっと桜琳と一緒に居られたのに。3ヶ月も帰って来ないなら、もっと甘えたかったのに。


けれどこのときすでに、封印の術式には人柱が必要になるであろうこと。そしてその人柱に、皇憐が名乗りを上げるであろうこと。

その可能性に、秀明は気付いていたんじゃないかと後になって気が付いた。


やがて鬼の皆が集合して、さらなる研究が進むうち、怨念への対処法が見つかった。


俺たちは国中を周ることになった。また桜琳と離れ離れだ。だけど、俺は嫌じゃなかった。

桜琳に名付けてもらったこの名に恥じぬよう、皆にとって価値の高い人間になれるよう頑張るんだと意気込んでいた。


そうして2年経った頃、秀明は封印の術式を完成させた。そして、皇憐が人柱になって、封印されることになった。


そして皇憐の封印後、俺は西の街へと派遣された。


それでも俺は桜琳を沢山占領できるようになった。

やがて秀明と結婚し、子が生まれても、俺は桜琳の側に居ることができた。


俺は、いつの間にか秀明に感謝するようになっていたし、皇憐のことも大好きだったんだと気が付いた。

そして桜琳と皇憐の邪魔をしなくてよかったと、年を重ねるにつれて思うようになっていた。


やがて桜琳を看取った俺には孤独な日々が待っていた。

けれど、鬼の皆が居てくれた。街の皆も居てくれた。俺は、本当の意味で孤独だったわけじゃなかった。


それは桜琳がこの名と一緒に俺にくれた、最高の贈り物なんだと1000年かけて理解した。


そして皇憐の封印から約1000年後、2人が一緒に現れた時。

2人が一緒に居る姿を見てすごく嬉しかったんだ。そして皇憐が結たちの世界へ渡ったとき、俺は心から2人の幸せを願うことができた。


もう、俺は十分桜琳にも、結にも甘えたから。


結に宣言した通り、俺は見聞を広げて、もっともっと、立派な人間になるんだ。

桜琳にもらった、この名に恥じぬように。


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