だって、しょうがない

18

◇ ◇ 

 数日後、ターミナル駅から歩いて5分ほどの場所にあるオフィスビル。そのエントランスから出てきた愛理は振り返り、案内板のデザインプレートを確かめるように眺めた。先ほどまで居た洗練されたオフィスは、清潔感があって、信頼できそうな雰囲気だった。
 愛理はこのビルの5階にある弁護士事務所で、淳との離婚の相談をしてきたのだ。
 夫、淳の不倫の証拠として、インストやLIMEなどのスクショや見守りカメラで収めた映像、叩かれた時の診断書まで提出した。それで、大丈夫かと思ったら、財産分与の関係でお互いの通帳の支店名から通帳番号まで必要らしい。

 慣れない相談に神経がピリピリと、ささくれ立っているようで、首のコリをほぐすように手をあて、空を見上げると朱を含んだ薄紫の夕空が街の上に広がっていた。
 晩秋の風がビルの間を吹き抜け、体から体温をさらっていく。大判のスカーフをバッグから取り出し、コートの上から羽織り歩き出す。

 駅直結のショッピングビルの入り口付近までたどり着き、キョロキョロと辺りを見回した。
 
「愛理さん」

 名前を呼ばれて振り向くと、スーツ姿の翔が片手を小さく振っている。
 細身のスーツは、背が高くバランスの良い体躯に似合っていた。
 見慣れないその姿にドキンと心臓が音を立てる。愛理は、その意味を考えないようにして小さく手を振り返す。
 
「翔くん、お待たせ」



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