だって、しょうがない
「お疲れ、どんな感じだった?」

「んー、事務所は綺麗だった。弁護士さんもゆっくり話しを聞いてくれて、落ち着いて話せたと思う」

 弁護士事務所の感想を話しながら、帰りの通勤ラッシュで混雑する電車にふたりで乗り込んだ。
 朝ほど混雑していないとはいえ、座れる席などあるはずもなく、隣の人と肩が触れ合う。愛理は、ドア付近の手すりにつかまり足元を確保していると、部活帰りの学生グループが乗り込んで来て、急に車内の人口密度が上がり、ギュッと押される。

「愛理さん、大丈夫?」

 そう言って、翔の腕がかばうように愛理の顔の横を通り越し、後ろにあるドアを押えた。胸の中にすっぽりと包み込まれているような近い距離、翔からグリーンノートが仄かに香る。それを吸い込んだとたん、愛理の胸の鼓動が早く動きだす。
 気恥ずかしさで顔があげられず、頬が火照っているような気がして、肩をつぼめて小さくなった。

 広い胸、力強い腕、近い距離。
 愛理は、否が応でも義理の弟だったはずの翔を男性として意識してしまう。

「今日は、ずいぶん混んでるな。いつもはここまでじゃないのに」

 翔のつぶやきが耳の側で聞こえて、さっきよりも心臓がドキドキと早く動き、耳まで熱くなっている気がする。きっと赤くなっているはず。
 その愛理の様子に気づいた翔はクスリと笑い、わざと首を傾げ耳元で囁く。

「愛理さん、大丈夫?」
 
 
 
 

 
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