だって、しょうがない
◇ ◇

 部屋のドアを開けると、部屋の大半をベッドが埋め尽くしている。愛理は狭い部屋を見渡した。
 ビジネスホテルの作りなんて、どこも似ていて、博多で泊まった部屋を思い出してしまう。
 夫と友人に裏切られたと知ったあのショックが蘇る。そして、淳の抑圧的な態度と暴力を体験して、自分の行動が淳をあんな風に変えてしまったように思えてしまう。身内である弟の翔にまで危害を加えるなんて思いも寄らなかった。自分が甘えたから……。

 そんなことをぐるぐると考えてしまって、翔と話しをしていたときの前向きな気持ちがどんどん萎み、思考がネガティブスパイラルに陥っていく。

 気分転換に部屋のカーテンを開けた。けれど、隣りのビルが近くて景色など望めなかった。視線を上げるとビルの隙間から、今にも消えそうな三日月が儚げに浮かんでいるのが見える。けれど、その月さえも風に流れた雲が隠してしまった。

 狭いビジネスホテルの無機質な部屋にひとり。
 自分には、こんなときに身を寄せられる家族も友人も居ないんだと、虚無感にさいなまれる。
 自分の何がいけなかったのか、何が足りないのか、そればかり考えてしまう。 
 
 疲労感で重たくなった体をベッドに横たえる。見上げた天井が、ジワリと浮んだ涙で滲む。
 
 不意に、スマホがメッセージの着信を告げた。重だるい体をひねり、スマホを引き寄せタップする。

『愛理さん、ホテルに着いた? 部屋はどんな感じ?』

 愛理の様子を気遣う翔からのメッセージだ。
 翔のことを思えば、距離を置いた方が良いはずだと、わかっている。
 けれど、翔の優しさが、弱っている心にジワリと沁みる。

 寂しさでつぶれそうな心を隠してメッセージを返した。
『狭いけど清潔感がある部屋で快適』

 スマホを手放し、寝返りを打って枕を抱きしめた。
 もう、あの部屋に帰りたくなっている。
 
 
 
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