だって、しょうがない
「父さん、今、話しをしても平気?」

 翔の声で仕事用のタブレット端末から父親が顔を上げる。

「ああ、翔か。留守にして悪かった。大変だったな」

 父親のはす向かいの位置にあるソファーに腰を下ろした。翔は手のひらを見つめ、昨日、起きたことを思い出すように話しを始める。

「兄キ、オレのことを刺そうとするなんて、タガが外れているよ。メールでも知らせたけど、愛理さんが庇ってくれて、腕を5針も縫うケガをしたんだ」

 父親は眉根を寄せ、苦悩の表情を浮かべた。

「それで、愛理さんの容体はどうなんだ?」

「傷痕は残るけど深くなかったから抜糸が済めば、普通に使えるようになるって。でも、昨晩は発熱したんだ。今日は、兄キのところから荷物を引き上げて、疲れた様子だったから、オレのマンションに泊まってもらった」

「そうか、傷が残るのか……。それで、淳のことは何か言っていたか?」

「兄キ、愛理さんの友だちをマンションに連れ込んでいたんだ。その友だちと愛理さんのことを好き勝手言って……。愛理さんは酷くショックを受けていた。仕事帰りの待ち伏せで、ケガもさせられたし、普通なら傷害で、警察沙汰にしてもおかしくないんだ。それなのにウチの会社の心配をして、兄キのことは通報しないって……」

 そう言って、翔は悔し気に唇を噛んだ。
 父親は深く息を吐き出す。

「良いお嫁さんをもらって、安泰だと思っていたのに……。不倫をした挙句、刃物まで持ち出すなんて常軌を逸している。この先の処遇も考えないといけないな」

「そうだよ。兄キは、自分のことしか考えていないんだ。家庭のことも、会社のことも、力づくでどうにかなるとか、浅はかな考えで動いて……自分勝手にもほどがある」

高ぶる気持ちを抑えるように、息を吐き出した翔は、ギュッと手のひらを握りしめた。

「オレも被害者だ、スタンガンをあてられ、刃物を向けられたんだ。弁護士を呼んで話し合いをする際には、同席させてもらうよ」




< 182 / 221 >

この作品をシェア

pagetop