だって、しょうがない
◇◇◇
「はーぁ、疲れたぁ」

 帰りのタクシーに乗り込んだとたん、佐久良は首のつけ根を押さえて、ぐりぐり回している。隣の席に並んで座る愛理は、申し訳ない気持ちで話し出した。
 
「ふたりともごめんね。せっかくキレイにしてパーティーに出たのに、こんなことになって」

「しょうがないよ。あれは美穂が悪かったんだから……」

 由香里がそう言った後に、佐久良が渋い顔で口を尖らせた。

「そうそう、あのアルバムの写真。改めて見たらすごかった」

「あれ? 《《改めて》》って、いつ見たの」

「ほら、柳田さんと会場にいたとき、わたしが口を滑らしていたでしょう。会場を抜けたときに、そのトラブルの原因を聞かれたから、控え室に行って、あのアルバム見せたの。おかげで、一番のハイライトシーンを見逃しちゃったけどね」

「あのアルバムを柳田さんに渡したの佐久良⁉」
 由香里は目を丸くして、驚きの声をあげた。

「えっ? ダメだった? 」

「ダメじゃないよ」

愛理が言うと由香里が親指を立てた。

「むしろグッジョブ」

婚約不履行の証拠として、あのアルバムを利用してくれるなら、どうぞお使いください、の気持ち。佐久良は期待以上の働きをしてくれたのだ。

「それと……愛理、ごめんね」

 愛理と由香里ふたりの様子にホッとした表情を見せた佐久良が意外な言葉を口にした。

「えっ⁉ 何が?」

「隣の芝生は青いじゃないけど、愛理のところが幸せそうに見えたの。自分も幸せになりたくて、淳くんのこといいなって、思って……実はアプローチしようとして仕事頼んだんだ。でも、外から見るのとちがうし、不倫はリスクが大きすぎるわ。反省してる」

 あれだけ、あからさまにアプローチをしたら、さすがに気が付いている。なにせ、最初は佐久良が不倫相手ではと、疑ったぐらいだ。でも、今では佐久良を責める気にはなれない。

「私、結婚したら幸せで居られると思っていたんだ。それで、いろいろ頑張ったんだけど、ぜんぜんダメだったの。それなのに、幸せアピールしてバカみたいだったよね。でも、もういいんだ。これからは、自分で自分を幸せにするって、決めたの。佐久良も幸せになってね」

 それを聞いて、由香里がフフッと笑う。

「愛理は、おばあちゃんになったら、わたしと幸せに暮らすんだもんね。佐久良は佐久良の幸せを探してね」

「えー! 仲間ハズレにしないでよ」
 
 タクシーの中、そんな冗談を言い合って、心からの笑顔になった。もしも、おばあちゃんになって、3人で集まるようなことがあったら、今日の日の出来事を「あのとき大変だったよね」と笑いながら、思い出話として語る日がくるのかもしれない。そんなことを愛理は思った。

 
 
 

 
 
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