だって、しょうがない

7

「中村君、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかね」

 遅れて会社に到着した愛理は、デスクのPCを立ち上げたところで声を掛けられた。
 昨晩の合意のないSEXの挙げ句、淳は避妊をしてくれ無かった。洗浄と緊急避妊薬の処方をしてもらうために半休を取り、婦人科へ行ってきたのだ。
婦人科の診察台に上がるのは精神的にキツイ出来事。でも、それを嫌だなんて言っていられない。とてもじゃないけど、淳との子供を考えられる状態ではないからだ。

気持ちは落ち込んでいても、仕事は仕事。愛理は、深呼吸をして、気持ちを切り替え、課長のデスクの脇に立った。
穏やかな表情の課長の様子からして、悪い話しでは無さそうな予感。

「今日は半休を頂きまして、ありがとうございます」

「体調不良だって? 大丈夫なのか」

「ありがとうございます。たいしたことは無かったんですが、ちょっと腹痛で……。念のために早めに病院へ行きました。お薬も処方されたので大丈夫です」

 課長は、愛理の返答に頷くとA4のファイルを差し出した。

「お客様からの御指名なんだ」

 指名だなんて嬉しい話だが、にわかに信じられない。それでも、自分を認めて必要とする人がいる事に落ち込んでいた気分が浮上する。

「私を指名してくださったんですか?」

「ああ、昨年、担当についた古賀様というお客様覚えているか?」

「はい、戸建てのリフォームで、リビング・ダイニングの家具を一式任せていただきました」

「その古賀様のお嬢さんが今度、結婚してそこの新居を任せたいそうなんだが、場所が福岡なんだ」

「福岡ですか⁉」

 思わず大きな声がでてしまう。
 それもそのはず、愛理が勤める株式会社AOAでは、関東圏の日帰り出張は頻繁にあるが飛行機に乗るような遠方の案件は、ほとんどない。あっても上司が行くので、愛理に遠方への出張の話が出たのは初めてのことだった。
 それでも、自分をご指名してくれたお客様の気持ちにも答えたい。

「わかりました。古賀様のお嬢様、担当させて頂きます」


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