だって、しょうがない
 福岡行きは、淳と離れていられるのもメリットが大きい。
 自分の席に戻った愛理は、PCに向かい、資料を集め始めた。
 ふと、昨晩、暗い部屋の中で起こった出来事を思い起こすと、嫌悪感で胃がギュッと絞られるように痛む。
 
──自分に対して、興味を失っていた淳が、求めてくるなんて……。

 合意のないまま始まったSEXは、心も体も痛みしか感じなかった。
 妙に冷えた頭の中で、「なぜ?」と考え始めた。
 淳の実家の台所にいた時、隣のリビングから聞こえてきた声。
 ”早く孫の顔を見せてちょうだい”

──お母さんの言葉に淳は従っているだけなんだ。

 結婚してから、だんだんと自分が無くなっていくように感じた。
 苗字が旧姓の蜂谷から中村に変わり、仕事以外では、中村家の嫁として扱われる。
 家事をこなし、夫である淳の世話をして、その上、子供を産むのが義務のように課せられている。
 中村愛理という私自身が望まれているわけじゃない。
 もしも、淳に私自身を望まれ、大切にされていたら、世話を焼くのも、子供を産むのも、家族として喜びを感じられたかも知れない。
 けれど、心は放置され、愛情などいつの間にか消えてしまった。
 自分の存在価値は、”淳のために家事をやる人” としての扱い。
 淳は愛情からではなく、きっと、家族の体裁を整えるため、子供を作るためのSEXをしたんだ。
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