だって、しょうがない
「えっ? 予約も無くてご迷惑じゃ……」

戸惑う愛理に男性はふわりと人懐こい微笑みを浮かべた。

「寄って頂けると嬉しいです。どうぞ」

 と開いたドアの奥へ招かれる。誘われるままに足を踏み入れたその先は、無機質なタイルの黒い床に白い壁、ダークブラウンの木目のカウンターが程よくマッチしている。所どころに置かれたパキラやモンステラなどのグリーンが、アクセントとなり洗練されたデザインなのに落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 受付票に住所や名前、電話番号を書き込むと、看板の謳い文句通りの大きな鏡にセットチェアが置かれた半個室の空間へ案内された。
 プライベート感があるのに圧迫感のない半個室には仄かな柑橘系の香りが漂っている。まるで、リゾートホテルのエステにでも来たような贅沢な空間に気持ちが高まる。

「本日はご来店ありがとうございます。中村様を担当させて頂きます。北川賢一と申します。よろしくお願いします。今日は、どのような髪型をご希望ですか?」

 カウンセリングが始まる。鏡越しにする会話、ゆったりと聞こえる北川の声のトーンや、長さの確認のために時折触れる指先の優しさが心地よい。以前に男性の美容師さんにカットしてもらったことがあったけれど、相性が悪かったのか触られるたびに不快感があって、それ以来、地元では女性の美容師さんを指名していた。けれど、北川に触れられても違和感が全くない。むしろ少し冷たい手の感触が気持ち良く感じた。




 
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