だって、しょうがない
 愛理はゆっくりと瞼を開いた。
 目の前にある鏡には、自分の姿とその後ろに立つ北川の不安気な表情が映っている。
 愛理は鏡から振り返り、北川の瞳を見つめた。
 
「私、月曜日の昼の飛行機で東京に帰らないといけないんです。だから……それまでの時間で良ければ……。私もKENさんに会いたい」

 その言葉に北川はホッと息を吐き出した。そして、少し寂し気に微笑む。

「ん、ありがとう。あいさんは仕事で来たんだよね」

「うん、明日でその仕事も終わりそうなの。日曜日は観光をしようかと思って……」

「そっか、じゃあ、日曜日の夜にまたデートして、月曜の昼まで一緒に居れる? 空港まで見送らせて欲しい」

 北川も仕事があるのに、ましてや、美容室のようなサービス業は日曜や祭日はきっと忙しいはずだ。それなのに時間を作って会ってくれるのを嬉しく思う。その一方で、既婚者であるのを隠し、関係を続ける事に後ろめたさを感じる。

「ありがとう……あの、ごめんね」

「ん?何が?」

「ううん……。KENさんも仕事で忙しいのに時間を合わせてくれて、ありがとう」
 
 不倫は刑事罰を受けない。けれど、民事で裁判になる事だってある。その場合、既婚者だと知らないで関係を持っていたなら、北川は『既婚者と知らずに騙されていた人』で済む。でも、知って関係を持ったら、加害者として賠償請求になるかもしれない。それなら、このまま黙っているのが一番だと、愛理は自分に言い聞かせた。



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