その笑顔を守るために
「原田先生…」

翌日の休憩時間…今日も今日とて瑠唯は食堂の片隅で、論文を読みながら昼食を取っていた。机の上には先程清掃のおばちゃんにもらったお稲荷さんが乗っている。
そこに現れたのが、昨日大野にけちょんけちょんにこき下ろされた篠田であった。

「休憩中にすみません。」

これ迄と一転してやけに丁重だ。

「師長に休憩中ならここに居るかもって伺ったので…少し…いいですか?」

嫌です!…とも言い難く、瑠唯は仕方なく目の前の椅子を促す。

「ええ…どうぞ…」

「失礼します。」と言って篠田が対面で腰を下ろした。

「何か、ありましたか?」

何かを言いづらそうに俯いている篠田に、瑠唯が話しを切り出す。

「あ…あのっ…これまでのこと…色々と…すみませんでした。」

篠田が机に擦り付けるように勢いよく頭を下げた。

「はぁー!?」

突然の事に、瑠唯はアングリと口を開けて素っ頓狂な声を出した。

「どうしたんですかー?急に…」

「昨日の手術…敬服しました。」

「そりゃあ…大野先生の腕は一流ですから…」

「いえ…原田先生の…」としどろもどろに篠田がいうと

「ええっ?私ですか?私はあくまで助手ですから…」

「それでもです!大野先生のあのスピードと技術には、とてもついていけませんでした。それにひきかえ原田先生のサポートは的確でした。しかもあんな…全く指示のない状態で…何であんな事出来るんですか?」

「三年前から、嫌って言うほどしごかれてますから…でもまだまだです。」

そう瑠唯が苦笑する。

「今まで原田先生に対して不遜な態度を取って本当に申し訳ありませんでした。」

心からの謝罪のようだ。

「止めて下さい!そんな…」

戸惑う瑠唯に更に続ける。

「いえ…僕は研修医の頃からこの病院でお世話になっていて、他の病院を全く知らずに今まで来ました。よく考えてみれば、臨床経験にしても、執刀した手術件数にしてもさほど誇れたものじゃない…全くの、井の中の蛙でした。」

そう言って、肩を落とす。

「ひとつの病院で、地域医療を貫く事があながち悪い事とは思いません。その分、その地域の患者さんに寄り添えると言う事ですから…私…好きですよ!街のお医者さん…」

瑠唯がにっこり微笑んだ。

「先生…そうやって笑うと学生みたいですね。可愛いなぁー」

篠田は少し頬を染めて呟いた。

「ガキっぽいってことですよねぇ〜」

瑠唯が口を尖らせる。

「いえ…そうじゃなくって…女性として可愛らしいってことです。」

臆面もなく篠田はそう言って瑠唯の手を握り締める。

「これからは、原田先生にビシバシご指導願いたいです。」

瑠唯は耳まで真っ赤になって、思わず手を振り払い

「そう言うのは免疫がないので困ります!」と叫ぶ。

「あっ!すみません…セクハラですよね!」

篠田が焦る。

「そう言うんじゃありません。私はまだまだ自分の事で手一杯で…誰かを指導するなんて立場にありません。それに篠田先生は医師として二年も先輩で、この病院でも大先輩なんですから、私なんかに敬語も止めて下さい。」

瑠唯が懇願する。
すると篠田は破顔して…

「私なんかって言うことは全くないと思うけど…そうだね、僕も堅苦しいのは好きじゃない。もっと気軽に話しをさせて貰うよ!これからは、お互い切磋琢磨していこう!」

そう言って、手を差し出した。
瑠唯もその手を軽く握る。

「宜しくお願いします。」

「所で…これ何?原田先生のお昼?随分沢山食べるんだね。」

テーブルの上に置かれた山盛りのお稲荷さんを篠田が指さした。

「まさかーこんなに沢山は食べませんよーさっき清掃のおばちゃんに頂いちゃって…後で大野先生の所に持っていこうと思ってたんですけど…あっ、よかったら篠田先生も召し上がって下さい!」

「えっ!ほんと!いいの?僕ももらって…じゃあ…えんりょなく!」

篠田はお稲荷さんを鷲掴み、おおせいな食欲で食べ始めた。

「上手いよ!これ…」

美味しそうにパクパク食べる。

「そうでしょ!おばちゃんのくれるものって何時も本当に美味しいものばかりで…でも毎回沢山くれるから困っちゃって…何日も食べ続けたりして…でもこれからは、篠田先生に助けてもらおうかな。」

瑠唯がまた微笑む。

「そんな事でいいならお安い御用だ!何時でも言って!…うん…いいよ…そうやって笑う原田先生…」

最期の言葉は殆ど聞き取れないほど小さな声だった。

これで、篠田先生とも少しはお近付きになれたかも…ふと瑠唯はそんなふうに思ったのだった。




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