その笑顔を守るために
瑠唯が検査室に着くと、扉の前で何やら揉めている。普段冷静な山川が珍しく声を荒げていた。その前に立たされた三ツ矢は床を見つめて俯いて居るが、顔は不満そうだ。患者さんは既に検査室の中に居るらしい。瑠唯が近づくとそれに気付いた山川が顔を上げる。

「山川先生、さっきの患者さん、検査待って下さい!此方のミスです!すみません!」

息を切らして瑠唯が言うと

「ああ…原田先生…此方でも確認しました。この患者さんにカメラは出来ません。」

冷静に山川が言う。

「何でですか!この場合ご面倒でも、検査していただくのがいちばんよいと思われるのですが!」と三ツ矢が山川に食ってかかる!

「本当にそう思う?面倒とかそうゆう問題ではないよ!既往歴は調べた?」

山川が尋ねると

「ご本人から伺いました!既往歴はないとの事です!」

三ツ矢は憮然と答え顔を上げ山川を見つめた。

「カルテは?確認した?」

「してません!ご本人が既往歴がないと仰るのですから、カルテなんかあるわけないでしょう?」ときっぱり答える。

そこで瑠唯が口を挟んだ。

「三ツ矢くん…うちみたいな地域密着の病院はその土地の殆どの人が何らかの形で通院したりしている…ましてこの患者さんは高齢だから、ご本人がないと仰っても念の為、確認するべきだった。カルテはありました!七年前、町田さんはこの病院で、弁置換の手術を受けていらっしゃいます。」

「だからなんです!それと胃の検査と何の関係…あっ!」

三ツ矢の声が止まる。そしてみるみるうちに顔が青ざめた。

そう…弁置換の手術を受けた場合通常その後、抗凝固薬を服用する。その薬は血液をサラサラにするがその反面出血しやすく止血しにくくなると言う副作用がある。その場合カメラ等の出血を伴う可能性のある検査は出来ない。
とは言っても七年も前の話しだ。既に薬の服用は止めており、その作用も残っていない可能性は高い。高いが…この場合、万全を期すならば、もう一度本人なり家族なりに確認を取るべきだ。

「そうだ…わかった?この患者さんにカメラは出来ない。」

山川は改めて決然と言い放った。

三ツ矢は唇を噛み締めて俯くと

「申し訳ありませんでした。」と力なく謝罪した。


その後、その患者は一旦点滴で様子を見て落ち着いたのち、本人や家族に聞き取りをした上で治療にあたる事となった。

その日の業務終了後…孝太は本日のER責任者として、改めて瑠唯を伴い山川の元を訪ねていた。

「山川先生…本日は此方の確認ミスで、ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした。」

二人揃って頭を下げる。

「うん…そうだね。今日みたいなミスは非常に問題です。一応上原室長には僕の方から報告を上げて置きます。注意を受けるだろうから覚悟しておいて。」

「はい…今後はこのような事のないよう、周知徹底したいと思っております。」

孝太は再び頭を下げた。

「お忙しい所、お時間頂き、ありがとうございました。」そう言って退出しようとする二人に

「原田先生…この後ちょっと時間あるかな?少し話しがしたいんだけど…」

山川のその言葉に瑠唯は驚愕して一瞬息を止める。

「はい…特に予定はありませんが…」

「そう…じゃあ少し待ってて…これ終わらせたら何処かで少し話そう。長谷川先生、お疲れ様。」

暗に遠慮しろと言った雰囲気に、孝太は仕方なく

「お疲れ様でした。」

と言ってその場を辞する。








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