その笑顔を守るために
瑠唯は寮の自室に逃げ帰ってベットに身を投げ出して煩悶する。
様々な想いが溢れ出して、思考が追いつかない。締め切っていた部屋が蒸し暑い。意を決して、気怠い身体を勢いよく跳ね上げ、ベランダの窓を開けた。心地よい風が潮の香りとともに流れ込む。
彼女はベランダに出ると、手すりに身を預け、大きく息を吐いた。
大学病院での研修医時代…瑠唯の全ては山川だった。始まりは、驚き…医師として極めて優秀な山川を尊敬し…敬愛してやがてその想いが慕情となり…そして恋情へと変わって行く…山川への気持ちが抑えきれなくなり、恋しくて…恋しくて…苦しくて…心は山川で埋め尽くすされていった。
そんな春のある日の金曜日…医師、研修医、看護師を交えた懇親会が開かれた。山川への想いを持て余していた瑠唯は、慣れない酒をつい飲み過ぎて…気付くと、自宅アパート近くの公園…櫻の木の下にあるベンチに腰掛けて山川の肩に凭れていた。慌てて飛び起き
「す…すみません!」焦りまくる瑠唯を優しく見守る彼の顔をまともに見ることもできず、耳まで真っ赤に染めて俯く。
ふっと彼の手が頬を掠める。ビクっと肩を震わせ顔を上げると…次の瞬間…唇に山川のそれが柔らかく触れる。一瞬の事だった…何が起きたのかも理解出来ずに、息を止める。我に返った時にはもう、彼の顔は離れていた。
「先…生…」と囁くような瑠唯の声に、彼は無言で顔をそらして
「送るよ…」と静かに言った。
翌朝、酷い頭痛で目覚めた瑠唯は
…夢をみたのかと思った。山川の事を想うあまりに都合のよい夢をみたのではないかと…しかし…その期待は、ベットの脇に脱ぎ散らかされたコートの肩に残る櫻の花びらを見つけた時に打ち砕かれる。…ゆ…夢じゃない…!
あまりに恥ずかし過ぎる現実を目の当たりにして、ガバっと布団をかぶり火照る顔を両手で押さえた。唇をそっと触れるとそこから全身に熱が伝わる。嫌…じゃなかった。むしろ嬉しかった。想いが届いたのではないだろうか?…そんな風に思えたのだ。胸が締め付けられる程幸せだった。午前中を布団の中で悶えて過ごし、昼過ぎやおら布団を抜け出した瑠唯は、大学時代の友人と遅めのランチを約束していたホテルに向かう。春らしいシフォンの白いブラウスにAラインのグレーのスカート、薄手のジャケットを羽織り春の街に出掛ける。
しかし…山川との公園でのキスやら、久し振りに会う友人とのランチに浮き立つ心が打ち砕かれたのは、待ち合わせのホテルに着いて直ぐのこと…ロビーにいた友人に軽く手を振って近づこうとした時
…直ぐ側を一組のカップルが横切った。スーツ姿の長身の男性の腕に縋り付くように寄り添い、幸せそうな笑みを浮かべながら、楽しそうに会話している女性…。隣を歩く男性は少し身を屈めるようにして、その話に耳を傾けていた。
「山川…先生…」消え入りそうな声で呟く。身体が凍りついた。
そんな瑠唯に気付く事なく、二人はエレベーターに乗り込み消えて行った。一緒にいた女性は…松本教授のお嬢さん…内科の医師だった。二人は婚約間近なのでは…と言った噂は以前から病院内にあったのだ。自分などではとても張り合えるような相手じゃない…美人で、スタイルもよくて、医師としても優秀で、教授のお嬢様で…何一つ敵う相手ではない…そして…この時、彼女の淡い恋心は、跡形もなく砕け散ったのである。
その後の友人とのランチは何一つ記憶にない。心ここに非ずと言った様子を心配した友人の配慮で早々に帰宅した瑠唯は週末を悶々と過ごした。苦しくて、悲しくて、恥ずかしくて…もしかしたら山川に好かれているのかも等と思い上がった自分自身が情けなくて夜も眠れない。寝不足で腫れた瞼をどうにかメイクで隠して出勤した月曜日…瑠唯をみるなり困ったような表情を見せた山川に朝の挨拶をする事も出来ず、その場を逃げ出した。その後、山川の顔をまともに見ることも出来なくなり避け続けた結果…
様々な想いが溢れ出して、思考が追いつかない。締め切っていた部屋が蒸し暑い。意を決して、気怠い身体を勢いよく跳ね上げ、ベランダの窓を開けた。心地よい風が潮の香りとともに流れ込む。
彼女はベランダに出ると、手すりに身を預け、大きく息を吐いた。
大学病院での研修医時代…瑠唯の全ては山川だった。始まりは、驚き…医師として極めて優秀な山川を尊敬し…敬愛してやがてその想いが慕情となり…そして恋情へと変わって行く…山川への気持ちが抑えきれなくなり、恋しくて…恋しくて…苦しくて…心は山川で埋め尽くすされていった。
そんな春のある日の金曜日…医師、研修医、看護師を交えた懇親会が開かれた。山川への想いを持て余していた瑠唯は、慣れない酒をつい飲み過ぎて…気付くと、自宅アパート近くの公園…櫻の木の下にあるベンチに腰掛けて山川の肩に凭れていた。慌てて飛び起き
「す…すみません!」焦りまくる瑠唯を優しく見守る彼の顔をまともに見ることもできず、耳まで真っ赤に染めて俯く。
ふっと彼の手が頬を掠める。ビクっと肩を震わせ顔を上げると…次の瞬間…唇に山川のそれが柔らかく触れる。一瞬の事だった…何が起きたのかも理解出来ずに、息を止める。我に返った時にはもう、彼の顔は離れていた。
「先…生…」と囁くような瑠唯の声に、彼は無言で顔をそらして
「送るよ…」と静かに言った。
翌朝、酷い頭痛で目覚めた瑠唯は
…夢をみたのかと思った。山川の事を想うあまりに都合のよい夢をみたのではないかと…しかし…その期待は、ベットの脇に脱ぎ散らかされたコートの肩に残る櫻の花びらを見つけた時に打ち砕かれる。…ゆ…夢じゃない…!
あまりに恥ずかし過ぎる現実を目の当たりにして、ガバっと布団をかぶり火照る顔を両手で押さえた。唇をそっと触れるとそこから全身に熱が伝わる。嫌…じゃなかった。むしろ嬉しかった。想いが届いたのではないだろうか?…そんな風に思えたのだ。胸が締め付けられる程幸せだった。午前中を布団の中で悶えて過ごし、昼過ぎやおら布団を抜け出した瑠唯は、大学時代の友人と遅めのランチを約束していたホテルに向かう。春らしいシフォンの白いブラウスにAラインのグレーのスカート、薄手のジャケットを羽織り春の街に出掛ける。
しかし…山川との公園でのキスやら、久し振りに会う友人とのランチに浮き立つ心が打ち砕かれたのは、待ち合わせのホテルに着いて直ぐのこと…ロビーにいた友人に軽く手を振って近づこうとした時
…直ぐ側を一組のカップルが横切った。スーツ姿の長身の男性の腕に縋り付くように寄り添い、幸せそうな笑みを浮かべながら、楽しそうに会話している女性…。隣を歩く男性は少し身を屈めるようにして、その話に耳を傾けていた。
「山川…先生…」消え入りそうな声で呟く。身体が凍りついた。
そんな瑠唯に気付く事なく、二人はエレベーターに乗り込み消えて行った。一緒にいた女性は…松本教授のお嬢さん…内科の医師だった。二人は婚約間近なのでは…と言った噂は以前から病院内にあったのだ。自分などではとても張り合えるような相手じゃない…美人で、スタイルもよくて、医師としても優秀で、教授のお嬢様で…何一つ敵う相手ではない…そして…この時、彼女の淡い恋心は、跡形もなく砕け散ったのである。
その後の友人とのランチは何一つ記憶にない。心ここに非ずと言った様子を心配した友人の配慮で早々に帰宅した瑠唯は週末を悶々と過ごした。苦しくて、悲しくて、恥ずかしくて…もしかしたら山川に好かれているのかも等と思い上がった自分自身が情けなくて夜も眠れない。寝不足で腫れた瞼をどうにかメイクで隠して出勤した月曜日…瑠唯をみるなり困ったような表情を見せた山川に朝の挨拶をする事も出来ず、その場を逃げ出した。その後、山川の顔をまともに見ることも出来なくなり避け続けた結果…