青春のたまり場 路地裏ワンウェイボーイ

第1の話

 俺は高柳一郎。 その辺のいかれちまったお兄ちゃん?だ。 セブンで働きながら妻の芳江と二人で暮らしている。
俺と芳江は中学生からの同級生で、高校の卒業式の日に「ずっと傍に居たい。」って泣き付かれたもんだからその勢いで結婚しちまった。
 芳江は小さな食堂の御令嬢で、そのまま黙って食堂で働いていればいいものを、意地を張ってスーパーに就職した。
 10年ほどレジ打ちやら何やらしていたが、最近では副店長を任されているという。
やつは町内会にも深く首を突っ込んでいて、用が有ると仕事中でも飛び出していくというのである。

 「こらーーーーーー、一郎! お前何をしやがった?」 昼間の路地を散歩していると悪たれ太郎が飛び付いてきた。
「は? 何のこと?」 「てめえ、芳美とくっ付いてるって佳代子に吹き込んだだろう?」
「お前が誰に惚れようと俺の知ったことか。 吹き込みもしねえし興味も無いよ。」 「ふざけるな! 決着を付けようぜ!」
「俺は関係ねえよ。 じゃあな。」 「待てこら! 卑怯者!」
「喚くだけ無駄だぜ。 やめとけよ。」 「のぼせやがって!」
 殴りかかってきた太郎をするりと交わすと俺はまた歩き始めた。
「待てーーーー!」 「しつこいやつだなあ。 俺は知らねえよ。」
そう言いながら蹴りを入れる。 「うわーーーー、やりやがった!」
「そこでそうやって騒いでろ。 タコ。」 「何だとーーーー!」
 太郎というのは小学校からのくっ付きで大して仲がいいわけではない。 しかし、何か有るとすぐにくっ付いてくるコバンザメよりうざい男だ。
佳代子ってのはやつの嫁さんで十ばかり年上なんだそうだ。 芳美とくっ付いたってのは俺が知らない話で、、、。
そもそもお子様も居るのに昼から遊んでいるアホーにくっ付いた加奈子さんも可哀そうなもんだねえ。
 表通りに出てきた。 寂れた映画館が残っていて古いポスターが壁に張り付いている。
「見るやつ居なくなっちまったからなあ。 この辺も変わってきたな。」
吉永小百合のポスターが風に揺れている。 少し前までここはおじさんたちの溜まり場だった。
 しばらく歩いていると横断歩道が見えてきた。 ばあさんが今にも渡ろうとしている。
車は引っ切り無しに走っていく。 渡ろうとしたばあさんを俺は止めた。
「危ないじゃない。 あんたが死のうとどうなろうと関係ないだろうけど、周りの連中が迷惑するんだ。 考えてくれ。」
 俺はばあさんに睨まれながらまた歩き始めた。 潰れたラーメン屋が見える。
「親父の時は美味かったんだけどなあ。」 よく有ることだ。

 ブラブラと歩いていると大通りに出てきた。 信号なんて関係ない連中が増えてきたなあ。
と、そこに白い杖を持った若い男が歩いてきた。 どうやら信号を渡るらしい。
しばらく周りの音を確認していたその男は不意に渡ろうと歩き始めた。 「待て待て。 トラックが飛ばしてきてる。 あいつは信号無視するつもりだ。」
男を立ち止まらせてから辺りを窺うと、、、。 猛スピードで走ってきたトラックが通り過ぎて行った。
 2時間ほど歩き回った俺は古い我が家へ帰ってきた。 芳江はまだ帰っていないようだ。
まだまだ4時くらいだからなあ。 それもそうか。
 居間に入って熱いコーヒーを入れる。 隅っこに鎮座しているステレオコンポでレコードを聴こうか。
「何がいいかな?」 レコードもかなり買ったもんだな。
その中から榊原郁恵のライブアルバムを取り出した俺は針を落とした。 いいもんだねえ。
ファーストライブだから初々しいじゃないか。 誰か来たぞ。
「おーい。」 声がするから出てみたら雄一だった。
「何だ、、、お前か。」 「何だは無いだろう。」
「だってお前なんかに付き合われる俺じゃないから。」 「冷たいこと言うなよ。 なあ、兄貴。」
「俺がいつお前の兄貴になったよ?」 「今。」
「ふざけるな。 ボケ。」 「ひどいなあ。 ボケなんて、、、。」
「じゃあ、俺に何か勝てるのか?」 「いや、、、それは、、、。」
「お前の相手をしてる暇は無いんだよ。 帰れ。」 「まあまあ、、、。」
縋ってくる雄一を振り払うとまた俺は今にこもった。
「やつはまだ帰ってこないし、、、夜飯でも作るか。」 台所に入ってみる。
冷蔵庫をガサガサと漁ってみる。 「大根と白菜と、、、それからジャガイモ。 豚肉もいいな。」
ついでに醤油と味醂を出してきて、何気に野菜を切り始める。 料理なんてやらないつもりだったけど、やつの帰りが遅い日には作ることになって、いつの間にか好きになっちまった。
芋を切るなんてキャンプ以来だよなあ。
実家じゃさあ、「あんたがやらなくてもいいの。」って母さんに言われちまってやらなかったんだもんなあ。
 そうそう、俺にはさ10下の妹が居るんだよ。 直美ってやつ。
あいつは頭が良かったからか、可愛かったからか親父に勧められて大学に行っちまったんだ。 そして修士課程も終わらせちまった。
ボンクラ兄貴とは脳味噌の作りが違うらしいなあ。

 野菜と肉を切っちまったら鍋に入れて煮込み始める。 ちょいと昆布も入れておくか。
こいつはいい出汁になるからねえ。 うーん、いい匂いだあ。
 そうこうしていたら佳代子が帰ってきた。 「いい匂いねえ。 煮物でも作ってるの?」
「そうだよ。 たまには佳代子様に楽をしてもらおうと思ってな。」 「毎日楽をしたいわねえ。」
「え? そんなに苦労してるっけ?」 「だってさあ、大きな赤ちゃんが居るんだもん。 おっぱいの世話から何から大変なのよ。」
「誰のことだよ?」 「あなたよ。 あ、な、た。」
ニヤニヤしながら佳代子は俺を指差している。 「殺すぞ お前。」
「やれるもんならやってみなさいよ。 でもねえ、今夜のおっぱいはお預けよ。」 「分かった分かった。 勘弁。」
「ほらねえ、やっぱりそうじゃない。 私が居ないとダメなのよねえ。 あ、な、た。」
本当に俺は佳代子には勝てない。 勝ったつもりでも気付いたらこうだ。
黙って尻に敷かれてたほうがいいのかね? ねえ、佳代子さん。
 鍋がいい感じに噴いてきた。 「今夜も飛び切り美味いからな。」
「エヘ、またまた夕食で私を釣ろうとしてるでしょ?」 「釣れないよ。 重すぎて。」
「何ですって? 私が豚だって?」 「豚だとは言ってませんが、、、。」
「重いって言ったわよねえ? 重いって。」 「尻がね。」
「え? 何?」 「何も、、、。」
「尻がって言ったでしょう 今。」 聞こえないように言ったのにちゃんと聞いている。
「お前の地獄耳には負けるわ。」 「悪口だけはよく聞こえるのよ わ、た、し。」
こんな調子でよくもまあ10年も夫婦で居られるもんだ。 お子様が来る気配は無いのに。
 なんとか夕食が出来上がって俺たちは向き合って椅子に座る。
このテーブルも長く使ってるなあ。 結婚した時に親父がくれたんだ。
シミだらけの古い古い木のテーブルだ。 ずーーーっと実家に有ったやつ。
「明日さあ、町内会の話し合いが有るの。 遅くなるからよろしくね。」 「どっかで食べて来ればいいじゃん。」
「あなたの料理が食べたいの。 美味しいから。」 「そう?」
「だってさあ、あ、い、し、て、る、から。」 「気持ち悪いなあ。」
「いいわよ、抱かせてあげないから。」 「ごめんごめん。 悪かったよ。」
「謝るくらいなら言わないの。」 「言わずにおれないんだもん。 だって。」
「んもう。 子供ねえ あなたって。」 「お互い様でしょうが。」
「私は大人ですから。 あなたとは違って。」 加奈子はプイっと横を向いた。
「膨れっ面も可愛いねえ 相変わらず。」 「いいわよ。 一人で寝るから来ないでね。」
「怒っちゃった。」 加奈子はさっさと食事を済ませると自分の部屋へ引っ込んでしまった。

 やがて食べ終わった俺が食器を洗っていると、、、。 「私が洗うからいいわよ。」
「いいよ。 俺が洗うから。」 「一緒に寝てあげるから代わって。」
「あらあら、さっきの膨れっ面はどうしたの?」 「やっぱりね、あなたが居ないと寂しいのよ。」
加奈子はそう言いながら俺からスポンジを受け取ると丼を洗い始めた。 「愛してるのねえ。」
「そりゃそうよ。 我儘を聞いてもらえる旦那様なんだもん。」 「さんざんにコケにしといてか?」
「悪かったわよ。 謝るから機嫌を直して。」 「お前の尻でか?」
「それとこれは別。」 「一緒だと思うけどなあ。」
「何でもいいわ。 一緒に寝ましょうねえ。 ご主人様。」 これだから俺は加奈子を機雷にはなれないんだ。
熱い夜が来そうだなあ。
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