王子の「妹」である私は弟にしか見えないと言ったのに、王女として正装した途端に求婚するなんてあんまりです〜まさか別人だと思ってる!?〜

2.すれ違い

ーー頭が割れるように痛い。

 目が覚めると同時に、酷い頭痛がしてマルセルは顔を顰めた。息を深く吸い込むと、仄かにラベンダーの良い香りがする。

「スペンス王子……? 」

 この香りはスペンスのベッドの香りだ。

「起きたか……なんだ、酷い顔だな」

 スペンスはとっくに起きていたらしく、身支度を整え終えて紅茶を飲んでいた。

「マルセルも何か飲むか?」

「俺はどうしてここに?」

「どうしてって……酔っ払ったお前がテラスで寝かけていたから、風邪を引いてはいけないと思ってな。ここまで引っ張ってきたんだ」

「それは申し訳ない……こんな夜なのに。フローレアにも本当に申し訳ないことをした。二人でゆっくり過ごしたかっただろう。俺は……」

「大丈夫だ、フローレアも気兼ねなく休むように言っていた」

 婚約しても相変わらず、彼女はスペンスとマルセルの友情エピソードを秘密の日記に記しているようだった。

 昨夜も良いネタを提供してしまったということか。いや、婚約者と過ごしたかったに決まっている。近いうちに謝りに行こう。

 悶々と考えているうちに、ひとつ思い出したことがあった。

「スペンス王子、昨夜の招待客に見たことない御令嬢がいらしたんだ。あまりよく覚えていないが、なんだかとても失礼なことをしたような気がする……」

「見たことない御令嬢? いや、昨夜の招待客は全てマルセルも知ってる顔ばかりだと思うが……どんな女性だ?」

「どんな女性か……?」

 すらりと背が高くて、色気のある女性だった。人形めいた整った顔、ひんやりと冷たい青い瞳が吸い込まれそうだった。夜風に舞った金色の髪は、まるで月の光のよう。

「……美しい女性だった」

「フローレアより美しい女性がいたか?」

「フローレアは、"可愛い"だろう」

 臆することなく言い切ってしまう。古い友人だからこそだが、スペンスは苦笑した。

「ドレスの色とか、他に覚えていることはないのか? マルセルが女性に心を動かされるなんてこと滅多にないからな……私もどんな女性だったのか興味がある」

「テラスに出た時に話したんだ。暗くてドレスまではわからないな。ああ、確か髪飾りをしていた……」

「へえ、どんな髪飾りだ? 重要な手掛かりじゃないか」

「確か白くて、真珠……ではなかったな。スズランみたいなものがついていた」

 スズランはヴァーレイ家の紋章だ。親しい人間と家族だけの晩餐会だからと言って、スズランの小物を身につけていた人物がいただろうか。

ーーフローレアやシャロンなら身につけていてもおかしくないが……。

 おそらく、スズランではないだろう。マルセルは花や宝石に疎い。スズランはわかるようだが、薔薇と椿の区別もつかなくてフローレアに怒られていたことがある。
 
「わかった。フローレアとシャロンにも聞いてみるよ」

「……? シャロンも来ていたのか?」

 マルセルは、あの場にシャロンがいたことに気付いていなかったようで不思議そうに首を傾げた。

「来てたよ。フローレアに説得されてしっかりドレスアップさせられたからな」

 フローレアが張り切っている様子が目に浮かぶ。妹が出来て嬉しいのだろう。

「シャロンはドレス苦手だって言ってたもんな……貴重な姿を俺も見たかったよ」

「ああ、晩餐会なんかどうにか理由をつけて出ないからな。あの夜も照れてしまったのか、しょっちゅうテラスの影に隠れてたんだよ」

「行き違いだったのか、残念」

「俺はてっきり、マルセルと話してると思ったんだが……」

 シャロンは昔からマルセルを慕っている。それはもう兄として嫉妬してしまうほどだ。

「いや、どこかの伯爵にでも捕まっていたんじゃないか。シャロンは美人だからな」

 スペンス王子に似て、と言ってしまうと、この場にいないとはいえフローレアの妖しいネタにされてしまいそうでマルセルはそっと口をつぐんだ。
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