王子の「妹」である私は弟にしか見えないと言ったのに、王女として正装した途端に求婚するなんてあんまりです〜まさか別人だと思ってる!?〜

3.大切な存在

「じゃあ、スペンス王子。昨夜は本当に申し訳なかった」

「気にするな。また二人でゆっくり……ああ、シャロン」

ーー気付かれないように隠れていたのに。
 シャロンはつい舌打ちをしてしまったが、何事もなかったようにスペンスとマルセルに近寄った。

 ちょうど外から帰ってきたタイミングでマルセルと出会してしまうとは想定外だった。てっきり朝の内に帰ったと思っていたのに、この二人はどれだけ一緒にいたら気が済むのだろう。

「こんにちは、マルセルさん」

「やあ、シャロン。久しぶりだな」

 昨夜も会いました、とは言い出せずに、曖昧に笑って返す。やはり、昨夜のことは酔った勢いで忘れてしまったのだろうか、それともまさか、本当に別人だと思っているのだろうか。

「シャロン、その頬どうしたんだ?」

 マルセルはシャロンの頬の傷を目敏く見つけると、すぐにシャロンの髪をどけて傷口を見てくれた。マルセルの鋭い視線がシャロンに注がれていると思うと、いてもたってもいられない。
 
「馬から落ちたらしい」

 スペンスがシャロンの代わりに答える。

「馬から!? 他に怪我は無かったのか?」

「お兄様も何度言ったら……止まっている馬から落ちたので大丈夫です」

 マルセルは吹き出したように笑った。

「そうだよな、走ってる馬から落ちたのと、止まっている馬から落ちたのじゃ違うよなぁ」

 マルセルはいつもシャロンの味方をしてくれる。

「相変わらずだな、シャロンは。でもほどほどにしておけよ? 顔に傷が残ったら大変だ」

「……はい」

 幼い子どもを励ますように、マルセルはシャロンの頭をポンポンと撫でた。暖かくて大きな手だった。

「マルセル……シャロンによく言って聞かせてくれ。俺の言うことは全く聞かないんだ」

「シャロンは俺の"弟"だもんな」

 マルセルは目を細めて嬉しそうに笑った。

 子どもの頃からよく三人で遊んでいた。フローレアともよく遊んでいたけど、森に入ったりするときはいつもスペンスとマルセルについて歩いていた。

 シャロンは本を読んだり、刺繍をしたりするより、馬に乗っている方がずっと楽しかった。兄とマルセルが剣術を習っている傍らで、おもちゃの剣を振り回していた。
 おもちゃの剣は、マルセルが「俺の大事な弟に」と言って与えてくれたものだった。『お兄様ばかりずるい、男の子に産まれたらよかった』そう言って泣き止まないシャロンを励ますようにマルセルは、『シャロンは俺たちの大事な弟だ』と言ってくれた。

 今にして思えば、笑ってしまうほど無茶な励まし方だった。でも認められたようで嬉しかった。

 それが今では、ある種の「呪い」のように感じる。

「そういえば、シャロン。昨夜は会えなくて残念だったよ、俺はすぐに酔っ払ってしまったからな」

 ええ、知っています。心の中で返事をする。だって、昨夜テラスで貴方と話していたのだから。

 結婚を申し込みたい、とさえ言ってくれたのよ。

「フローレアに見立ててもらったんだろう? きっと良く似合っていただろうな。……どうか変な男に引っ掛かるなよ、俺はそれが心配なんだ」

 何も覚えていないマルセルの屈託ない笑顔を見て、シャロンは力無く笑うことしか出来なかった。
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